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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)252号 判決 1999年6月30日

原告 卞祖平

被告 厚生大臣 ほか一名

代理人 川口泰司 安部憲一 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告厚生大臣が原告に対し平成七年五月二二日付けでした、医師国家試験本試験の受験資格の認定申請を却下する旨の処分を取り消す。

二  被告国は原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、中華人民共和国(以下「中国」ともいう。)の国籍を有し同国内の医学校を卒業した原告が、我が国において医師として業務を行うべく、被告厚生大臣に対し医師国家試験の受験資格の認定申請を行ったところ、同被告がこれを却下したため、原告が、右却下処分を不服として、同被告に対しその取消しを求めるとともに、医師国家試験を受験することができなかったことにより精神的苦痛を被ったなどと主張して、被告国に対し、慰藉料相当額の損害賠償を求めている事案である。

一  関係法令の定め等

医師法(以下「法」という。)二条によれば、医師になろうとする者は、医師国家試験(以下「本試験」という。)に合格し、厚生大臣の免許を受けなければならないとされている。

本試験は、臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として具有すべき知識及び技能について行うものとされ(法九条)、本試験及び医師国家試験予備試験(以下「予備試験」という。なお、本試験と予備試験とを合わせて「医師国家試験」ということがある。)は、厚生大臣が、毎年少なくとも一回行うものとされている(法一〇条)。

法一一、一二条は、本試験及び予備試験の受験資格についてそれぞれ定めており、それによれば、本試験は、(一) 学校教育法(昭和二二年法律第二六号)に基づく大学(以下単に「大学」という。)において、医学の正規の課程を修めて卒業した者(一号)、(二) 予備試験に合格した者で、合格した後一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経たもの(二号)、(三) 外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者で、厚生大臣が前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、かつ、適当と認定したもの(三号)でなければ、受験することができないとされ、また、予備試験は、外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者のうち、法一一条三号に該当しない者であって、厚生大臣が適当と認定したものでなければ、受験することができないとされている(法一二条)。

二  前提となる事実(証拠等を掲げた事実以外の事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告の経歴等

原告は、昭和三八年(一九六三年)五月二日生まれの中国の国籍を有する外国人であり、日本国籍を有する妻晃世(昭和三七年一月二三日生)と婚姻し、二人の子供とともに肩書地に居住している。

原告は、昭和六二年七月、中国にある上海第二医科大学瑞金臨床医学系(六年制)を卒業し、同国の学位条例に基づき、同大学学長から医学士の学位を授与された<証拠略>。ただし、現在中国においては医師の免許登録制度は存在せず、また、原告はいかなる国の医師免許も有していない。

原告は、上海第二医科大学卒業後、短期間南通医学院において研修した後、同年一二月に来日し、神戸YMCA学院日本語学科で三か月間日本語の勉強をした後、昭和六三年五月から平成元年三月までの間、福井医科大学整形外科教室研究生として、同年四月から平成六年三月までの間、大阪市立大学医学部大学院研究生として、それぞれの医学の勉強をした<証拠略>。

なお、原告は、平成七年一二月に財団法人日本国際教育協会及び国際交流基金が実施した日本語能力試験一級に合格している<証拠略>。

2  原告による予備試験の受験について

原告は、平成二年三月六日、被告厚生大臣に対し、医師国家試験の受験資格の認定申請を行ったところ、同被告は、同年五月二四日、法一二条の規定に基づき、原告に対し予備試験の受験資格の認定処分を行った。

原告は、平成四年度、平成五年度及び平成六年度において、予備試験を受験したが、いずれも不合格となった。

3  本試験受験資格認定基準について

(一) 本試験受験資格認定基準策定の背景

我が国の医療水準の高度化、社会の高齢化が急速に進んできたことや、医学・歯科医学の進歩ともあいまって、医師及び歯科医師に要求される知識、技術は変化を来たしている。他方、国際交流の促進に伴い、我が国において医療に関する諸活動を行うことを希望するものが増加してきた。医師及び歯科医師の需給状況については、医師及び歯科医師数は将来的には過剰の状態となるおそれがあるとされているところ、医師及び歯科医師数の問題については、入学定員の削減と同時に、国民の生命・身体を預かる資質の高い医師及び歯科医師を確保する必要があることから、外国医学校を卒業した外国医師及び歯科医師について、審査手続を改善する必要性が生じてきた<証拠略>。

(二) 外国医・歯学校卒業者等受験資格認定制度検討委員会報告

右に述べた状況の変化を踏まえ、医療関係者審議会(厚生省設置法七条により設置)の医師部会(医療関係者審議会令六条により設置)は、昭和六三年四月、厚生省医療関係者審議会医師部会及び歯科医師部会の合同専門委員会として、外国医・歯学校卒業者等受験資格認定制度検討委員会(以下「検討委員会」という。)を設置し、外国医学校卒業者等受験資格認定の在り方についての検討を要請した。同委員会は、六回に及ぶ審議を経て、医療関係者審議会医師部会長及び歯科医師部会長に対し、法一一条一号、二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有しているか否かを判定する資料についてのより精度の高い資料の収集及び的確な対応策、日本語の語学力及び日本語による診療能力の判定に対する対応策等について、平成二年六月二九日付けで中間報告(以下「本件中間報告」という。)をし、了承された<証拠略>。

(三) 本件認定基準の概要

被告厚生大臣は、本件中間報告に基づき、別紙1「外国医(歯)学校卒業者等受験資格認定審査基準」(ただし、本件却下処分に係る平成七年当時のもの。以下「本件認定基準」という。)を策定し、平成三年度以降の医師国家試験に当たっては、右基準に基づいて認定業務を行ってきた<証拠略>。

4  本件却下処分等

原告は、平成七年二月一六日付けで、被告厚生大臣に対し、本試験の受験資格の認定を再度申請したところ、同被告は、同年五月二二日付けの健康政策局長名の通知(平成七年五月二二日付健政発第四三三号)をもって、右認定申請を却下する旨の処分(以下「本件却下処分」という。)をした。

原告は、右却下処分を不服として、同年一〇月二四日付けで同被告に対し、異議を申し立てたが、同被告は、平成八年八月五日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定を行い、原告に対しこれを通知し、原告は、同月八日、右通知を受領した<証拠略>。

原告は、右決定を経た後の本件却下処分をなお不服として、同年一一月一日、本件却下処分の取消し等を求める本件訴えを東京地方裁判所に提起した(一件記録により明らかな事実)。

なお、原告が、本件認定基準のうち、第九項及び第一〇項以外の各要件を満たしていることについては、被告らは、これを明らかに争わない。

第三争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、(一) 本件不許可処分が適法であるか否か、具体的には、(1) 原告につき法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものといえるか否か(争点1)、(2) 原告につき本試験の受験資格を認めることを「適当」と認定しなかった被告厚生大臣の判断に裁量権の濫用又は逸脱があるか否か(争点2)、(二) 仮に本件不許可処分が違法である場合、被告国は原告に対し損害賠償責任を負うか否か(争点3)であり、この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

一  原告が法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものといえるか否かについて(争点1)

(原告の主張)

1(一) 法第一一条三号は、「外国の医学校を卒業し…、厚生大臣が前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、且つ、適当と認定したもの」と規定し、「前二号」のうちの「一号」は、「学校教育法に基づく大学において、医学の正規の課程を修めて卒業した者」と規定されているところ、日本の医学校を卒業した者と同等以上の学力及び技能を習得するのは、母国の医学校での医学の勉強によるものであるから、ここで求められるのは、<1>申請者の卒業した医学校が、「日本の学校教育法に基づく大学における医学の正規の課程」に匹敵する人的・物的設備と医学水準を有していること、<2>申請者が右の「日本の学校教育法に基づく大学における医学の正規の課程」を修めて「卒業した者」に匹敵する「学力と技能」を有していることでなければならない。そして、<1>については、日本の文部省の医学部設置基準(昭和四三年九月一九日医学部専門委員会改正昭和五二年八月二三日。以下「医学部設置基準」という。)に照らして判断すべきものであり、また<2>については、その卒業時の成績によって判断すべきであって、かつ、それをもって足りるというべきである。

(二) また、「医師となる者の医学上の知識及び技能の内容と水準を制度的に管理する仕組み」が必要であるとしても、それは、右に述べた理由から、<1>当該「外国の医学校」が、「日本の学校教育法に基づく大学における医学の正規の課程」に匹敵する人的・物的設備と医学水準を有していること、<2>その卒業生について、その成績を公証する制度を有していることで必要十分なはずである。

(三) 予備試験の実情からみた運用の著しい不当性

加えて、現在行われている予備試験は、日本語での筆記方式で行われ、不必要なまでに難解なものとなっていて、原告のような外国人がこれに合格することは事実上不可能な制度となっている(合格者は平成三年から平成七年までの五年間で、受験者一二四人中わずか一九人にとどまっている。)。

現行の予備試験制度は、日本の医学部や医科大学を卒業していない日本人を念頭において、これに本試験の受験資格を得させるためのものである。六年間も医学部や医科大学で医学を学んだ卒業生に匹敵する知識と技能を担保するものであるから、それにふさわしい水準に達しているか否かを試験することにはそれなりの合理性もあろう。しかし、原告のように、外国の医学校を卒業した外国人に一律に日本語の筆記でこのような難解な試験を受験させることは、試験としての実質的合理性、妥当性を失っているものである。このことは、本試験がマーク・シート方式で行われ、受験者の九割前後が合格し、その難易度や試験内容について様々な問題が指摘されている実情をみるとき、一層明らかになるのである。

(四) あてはめ

以上の検討によれば、原告につき法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものといえるか否かについては、以下の点について総合的に考慮して判断されるべきである。

(1) 当該認定申請者の卒業した「医学校」の人的・物的な設備及び課程の水準

具体的には、<1>人的・物的設備について、医学部設置基準を満たしているかどうか、<2>課程について、当該国の医学自体の水準、履修の年数、カリキュラムの配分はどうか、が検討されるべきである。

この点、原告の卒業した上海第二医科大学瑞金臨床医学系は、同大学の成績証明書及び「学校・養成所の施設現況書」から明らかなとおり、教育内容面においても施設面においても、医学部設置基準及び医療法の基準を完全に満たしている。

(2) 原告の卒業時の成績

原告の卒業時の成績は、同大学の成績証明書記載のとおりであり、極めて優秀な部類に属する。

(3) 認定申請者の母国における評価

中国では、「中華人民共和国学位条例」に基づき、医科大学本科を卒業し、成績優秀であって、かつ、医学の基礎理論、知識及び基本技能を比較的よく修得していて、医学研究活動に従事し又は医師としての活動を担当するに足りる基礎的能力を有する者に対して、医学士学位を授与することとされている。

しかして、原告は、中華人民共和国国務院(以下「国務院」という。)が授権した上海第二医科大学によって、医学士学位を授与されている。このことは、中国政府が原告について、「成績優秀であって、かつ、医学の基礎理論、知識及び基本技能を比較的よく修得していて、医学研究活動に従事し又は医師としての活動を担当するに足りる基礎的能力を有する」と評価していることを意味している。

(4) 日本における医学学習と到達点

原告は、昭和六三年五月から平成元年三月まで福井医科大学整形外科教室研究生として、同年四月から平成六年三月まで大阪市立大学医学部大学院研究生として、合計六年間医学の研鑽を積んできた。福井医科大学では井村慎一教授、加納永一教授に師事し、また大阪市立大学では梅山馨教授、曽和融生教授、山下隆史助教授に師事した。

原告の学力及び技能が、日本の学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上であることについては、右の各教授、助教授らが証明しているところである。

(5) 日本語についての能力の程度

原告は、三か月間神戸YMCA学院日本語学科で日本語の勉強をし、財団法人日本国際教育協会の行う「日本語能力試験」の一級に合格しており、日本語能力は極めて高水準にあるし、日本において医師として活動していく上で必要な医学用日本語についても、申し分のない水準を有している。このように、原告は、日本で医師として活動していくのに必要な程度の日本語能力を有している。

(五) 結論

そうすると、原告は、法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものに該当するというべきである。

2 本件認定基準の不合理性について

(一) 本件認定基準は、後記(二)及び(三)で述べるとおり、法で定められた以上の要件を付した違法なものであるが、たとえ、法律の趣旨を具体化した審査基準を設定した場合であったとしても、これを公正かつ合理的に適用すべく、特に右基準の内容が微妙かつ高度の認定を要するようなものである場合には、右基準を適用する上で必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠提出の機会を与えなければならない。

しかるに、本件認定基準は公表されておらず、そのような公表されていない基準で被告厚生大臣が法一一条三号該当性を勝手に判断することだけでも、同被告に与えられた裁量権を逸脱するものである。

(二) 被告らは、当該申請者の学力及び技能が、日本の大学医学部を卒業した者又は予備試験に合格した上で一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経た者と同等以上の学力及び技能を有するか否かの判断に当たっては、当該医学校の教育環境等のほか、当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて一応担保するものとして、当該国の医師免許を取得していること(本件認定基準九項)及び当該国の医師免許を取得する場合の国家試験制度が確立されていること(同一〇項)によって判定せざるを得ない旨主張する。

しかしながら、法一一条三号は、「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し…」とし、「前二号」のうちの一号は、「学校教育法に基づく大学において、医学の正規の課程を修めて卒業し者」と規定しているところ、日本の医学校を卒業した者と同等以上の学力及び技能を修得するのは、母国の医学校での医学の勉強によるものであって、母国の医師国家試験に合格したことによるものではないはずである。法一一条三号が、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」と規定し、原告のように外国の医学校を卒業したが、その国で医師免許を取得していない場合でも、本試験の受験資格を認めることがあり得ることを当然に予定しているにもかかわらず、「同等以上の学力及び技能」を有するか否かの判定において、医学校卒業当該国の医師免許を取得していること(本件認定基準九項)、及び当該国の免許を取得する場合の国家試験制度が確立されていること(同一〇項)を要求することは、結局前記の要件を「外国の医学校を卒業し、かつ外国で医師免許を得た者」と読み替えることにほかならず、法一一条三号の趣旨を没却するものであり、許されざる法律の実質的改変である。本試験の受験資格という受験者の権利義務に関する事項は法律で定められなければならないのであり、被告厚生大臣がこれを内部基準で変更・加重することができないことはいうまでもない。

(三) 被告らは、医師国家試験の受験資格をどのように認定するかの判断は、我が国において国民に提供される医療水準を決定づけ、国民の生命及び健康に直接重大な関係を有するものであるとし、法が、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者に係る医師国家試験の受験資格認定について、被告厚生大臣の広範な裁量判断にゆだねたのは、医師国家試験の受験資格の認定次第では、我が国において医師の過剰状態から国民に対する医療レベルの低下を招いたり、就労を目的とする外国人医師の流入を抑制し得ない事態を生じたりするため、国民に対し提供される医療水準を維持し、かつ適切な医師及び医療施設の数を維持するとの政策的な判断を同被告の専門技術的な判断にゆだねる趣旨に基づくものである旨主張する。

しかしながら、国民の生命及び健康に直接重大な関係を有する、医師の過剰状態から国民に提供される医療水準の低下を招くおそれがある、あるいは国民の生命・身体を預かる資質の高い医師及び歯科医師を確保する必要があるなどの事情は、医師の資格を与えるに当たって考慮すべき事柄であり、本試験がその本来的担保となるべきはずであって、被告らの右主張は論理のすり替えである。

3 被告厚生大臣が本件認定基準を恣意的に運用していることについて

(一) 右に述べたように、本件認定基準九項・一〇項の要件は、それ自体が法一一条三号の運用として許されないものであるが、さらに問題なのは、被告らは右認定基準を恣意的、なし崩し的に拡大解釈して、厳密には本件認定基準を完全に満たしていない国の医学校卒業者にも本試験受験資格を認める一方、後記4で述べるとおり、原告を含む中国の医学校の卒業者には本件認定基準九項・一〇項を満たしていないと形式的に判断して、本試験受験資格を拒否していることである。

(二) 本件認定基準一〇項の要件を字義どおりに解釈すると、以下のとおりである。

(1) 「医師免許を取得するための国家試験」であること(試験の目的)

概念上、医師免許取得を目的としない卒業試験その他の試験は含まれないことになる。その判断に当たっては、「免許」と「登録」とを安易に置換・混同すべきではない。

(2) 「国家」が実施する試験であること(試験の実施主体)

国家以外のもの、例えば一部の地方自治体や民間団体等が実施する試験は含まれないことになる。

このような厳格な意味で本件認定基準九項・一〇項を満たしている国は、世界中広しといえども、日本、スウェーデン、韓国、フィリピン(ただし、フィリピン出身者で本試験受験資格を認められた例はない)、台湾(ただし、これを国家とみなした場合)のみであり、極めて少数である。

(三) 被告らは、次に述べる国の医学校出身者にはすべて本試験の受験資格を認めているが、以下に述べるように、これらの国はいずれも被告厚生大臣が定めた本件認定基準を満たしていないものである。

(1) イギリス

<1> イギリスの場合、外部試験委員の関与する卒業試験に合格し、医学士の学位を取得した者は医学協議会(GMC)に一年間臨床研修のための仮登録を行い、その期間が満了すると、完全登録の有資格者になる。つまり、イギリスの医師制度は医師登録制度であり、医師免許制度ではないのである(本件認定基準九項非該当)。

なお、イギリスにおける医籍登録の資格とは、後述のように五年制の医学教育を終了し、外部試験委員の関与する卒業試験(学位最終試験)に合格して医学士学位を取得した時点で、仮登録資格(医師免許ではない)が与えられているのである。理学学士学位(B.Sc)の有無又は理科主題の前医学の授業を受けたか否かは、仮登録の要件でも完全登録の要件でもない。

<2> イギリスにおいて、医師免許制度はなく、外部試験委員が関与する医学校の卒業試験は、「医師免許を取得する場合の」試験制度とはいえない(本件認定基準一〇項非該当)。

<3> 外部試験委員はイギリスの政府又は医学協議会(GMC)が派遣した者ではなく、それが関与する卒業試験は「国家試験」とはいえない(本件認定基準一〇項非該当)。

<4> イギリスの場合、初等教育が六年間(五歳ないし一一歳)、中等教育が七年間(一一歳ないし一八歳)である。医学校への出願の資格として、「物理」「化学」「生物又は数学」の三科目について中等教育資格試験(GCE)のA級試験に合格していることが必要である。この要件が満たされていなくても他の面で優秀であることが証明されれば入学できるが、その場合は入学後一年間前医学(Premedical)というコースに入り、物理、化学等を学ぶことになり、一年長く在学しなければならない。なお、前医学教育としては、統計、生物学、生化学等が医学教育と関連づけて教育され、日本の医科大学の教養課程、医進課程のように、一般教養科目として文学、哲学、社会科学などが教育されるようなことはない。

大学の医学教育の年限は、プレクリニカル段階(基礎医学)が二年、クリニカル(臨床医学)が三年で、合計五年である。ただし、オックスフォード、ケンブリッジ両大学では、プレクリニカルに三年かかる。プレクリニカルの三年目は、基礎医学のうち一科目を選んで研究し、論文を出して理学学士学位(B.Sc)をもらうことになっているのである。

つまり、イギリスの場合、医学校の教育年限は、中等教育試験のA級試験に不合格だった者とオックスフォード・ケンブリッジ両大学の出身者を除いて、原則五年なのである。また、医学校の進学課程については、中等教育試験のA級試験に不合格の者を除き、全員受講していないのである(本件認定基準二項非該当)。

(2) フランス

<1> フランスの場合、医学校を卒業し、国家医学博士学位を取得した者は、県の社会衛生事務局に学位を登録し、医師会の県評議会にそれらの氏名を登録簿に記録するのみである。つまり、フランスの医師制度はイギリスと同じく医師登録制度であり、医師免許制度ではないのである(本件認定基準九項非該当)。

また被告らが免許制度と一体のものとして主張している一元的に医籍を登録・管理する制度も確立されていない。

<2> フランスにおいては、医師免許制度がないので、当然のことながら医師免許を付与するか否かを判定するための医師国家試験制度は存在しない(本件認定基準一〇項非該当)。フランスでは、医学校の教務及び修学年限に関する問題はすべて学部教授会が必ず審議して決定し、学生は、臨床部門の三試験に合格し、かつ学位論文を提出後、医学博士(医籍登録資格)を得ることができるのであり、各大学の自主性にゆだねられた卒業試験に合格さえすれば、医師として登録できる資格を与えられるのである。

なお、被告らは、イギリスについては卒業試験に外部試験委員が関与していること及び医学協議会の医籍登録制度が存することを理由として、本試験の受験資格認定を正当化しているが、フランスの場合は、外部試験委員の関与という制度はない。

(3) アメリカ合衆国

<1> 米国の場合、医師免許があるものの、国家の免許団体はなく、医師の勤務免許は別々の免許理事会を持つ各州又は地方当局の責任である。

すなわち、被告らが免許制度と一体のものとして主張している「一元的に医籍を登録・管理する制度」が確立されていないのである(本件認定基準九項非該当)。

<2> 米国において、国家試験はなく、医師は各州が定める免許試験に合格すれば、その州でのみ医師として診療が許される。医師免許にかかわる試験の実施主体は、米国政府ではなく、州又は地方当局が試験の実施主体となって行われているのである。つまり米国の場合は医師(州)試験制度が確立されているが、国家試験制度が確立されていないのである(本件認定基準一〇項非該当)。

しかも、非営利の民間団体が実施主体となって行う国家ボード試験(NBME)に合格すれば、二州を除く四八か州では医師試験を免除される。この試験の実施主体は民間団体であって、この意味でも国家試験ではないのである。

なお、一九九二年にNBMEとFSMBが両者の試験を一本化し、これにFMGEMS(外国人向けに行われてきた試験)も統合してUSMLEが発足したとされるが、右の民間団体による試験という性格には何ら変わりはない。

(4) ドイツ

<1> ドイツの場合、医師免許制度があり医師免許を取得するためには一定の試験に合格しなければならないとされているが、免許の登録及び試験の実施は各州の管轄であり、被告らが免許制度と一体のものとして主張している「一元的に医籍を登録・管理する制度」ではない(本件認定基準九項非該当)。

<2> 右に述べたように、ドイツでは試験の実施主体は州であり、「国家」試験ではない(本件認定基準一〇項非該当)。

(5) 台湾

<1> 日本は台湾を国家として認めていないから、台湾の医師免許及び医師国家試験を合法的なものと認めることはできない。

すなわち、台湾考試院が実施した試験を台湾の「医師国家試験」と認め、台湾の行政院の発行した医師の認可を台湾の「医師免許」と認め、その保持者に本試験の受験資格を認め、他方で原告が有する中華人民共和国において免許証として通用する高等医学院校の卒業証書及び原告が合格している統一的国家試験(国務院衛生部が一九八二年ないし一九八七年に毎年一回行なっていた高等医学院校医学専業統一試験)をことさら無視し、予備試験からの受験を強要することは、まさに台湾を国家として承認し、「二つの中国」あるいは「一つの中国と一つの台湾」を前提とするものであり、「日中共同声明」及び日本国政府の立場に真っ向から反するものである。

また、一定の「地域」であっても独立して本件認定基準九項・一〇項の要件の充足を審査することがあるというのは、右認定基準の恣意的、なし崩し的な拡張解釈であって許されない。

<2> 本件認定基準の八項は「当該国政府の判断」として、「世界保健機構(WHO)の「世界医学校名簿」に原則報告されていること」と定めているところ、台湾の医学校の医学教育を評価する政府機関とは、「日中共同声明」に基づき日本政府の承認した中国における唯一の合法政府である、中華人民共和国の政府機関でなければならない。

しかるに、WHOの「世界医学校名簿」の最新版である第六版に台湾は中国の一つの省として記載されているが、台湾の医学校は記載されていないのである(本件認定基準八項非該当)。

4 原告及び中国は本件認定基準九項・一〇項の要件を実質的に満たしている

(一) 原告は、本件認定基準九項・一〇項以外の要件はすべて満たしているところ、以下に述べるとおり、原告及び中国は、本件認定基準九項・一〇項の要件を実質的に満たしているから、原告は法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」する者に該当するというべきである。

(1) 被告らは、本件認定基準九項・一〇項の要件は「当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて一応担保するものとして設けられた基準」であるとし、狭義の「免許」制度が存在しない国の医学校卒業者に対して多数の例外を認めるとともに、医師国家試験制度についても、「当該国の免許を取得する場合の国家試験」に限定せず、「それに代わり得る国家的な制度」に合格した場合でもよい旨主張している。

そうだとすれば、「当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて一応担保する」資格制度があり、かつ、当該申請者がその資格を取得していれば、実質的にみて被告厚生大臣が右要件を設けた趣旨は実現できるはずであるところ、以下に述べるとおり、中国には「当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて一応担保する」資格制度があり、かつ、原告はその資格を取得しているから、原告は右要件を満たしていると評価すべきである。

(2) また、被告らは、本件認定基準九項にいう「免許」とは、「公的機関による一元的な医籍の登録・管理」をいうものである旨主張する。

本来、「免許」と「登録」とは制度が異なるものであるし、「医籍の登録」と「医籍の管理」とは分けて考える必要があるのであって、被告らの右主張の意味は明らかではないが、以下に述べるとおり、<1>中国における制度が、登録制度の持つ公証作用ないし機能を有しており、<2>国家が医師の有資格者を把握し、さらに、<3>積極的に資格や有資格者・無資格者の規制・監督を行っていることからして、中国は右要件を満たしているというべきである。

(二) 社会主義国としての特殊性と、過去に免許制度を有していた事実

中国は社会主義の国家であり、医薬衛生行政管理は公有制の基礎の上に建立し、医療機関・医師を含む衛生関係者は一般に国家により管理されている。また、一九四九年の中華人民共和国の建国当時は、医師免許制度が存在していたが、社会主義的公有制が確立したことから、その必要性が失われ、医師免許制度は一九五〇年代に廃止された。

そして、国立高等医学校の卒業生は政府によってポストに任命されるのであり、医師免許の代わりに各高等医学校の卒業証書が一種の医師免許として通用し、住院医師になるには十分である。

(三) 申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて担保する制度

(1) 医学教育

中国の場合、すべての医学校が国立である。全国の医学校に用いる教科書は一九八一年中華人民共和国中央衛生部の指導の下に教科書編集委員会により編集され、さらに、新しく教科書を改訂・編集・出版することにより、中華人民共和国の医学教育の質と量を高めることが保証されている。

(2) 卒業試験

中国の場合、すべての医学校は国立であり、学生は臨床教育終了後卒業前に、中央衛生部の指導の下に中央部門の出題した国家試験に合格しなければならない。すなわち、医学校が行う卒業試験そのものの内容と水準が国家的に担保されているのである。

(3) 高等医学院校医学専業統一試験

国務院衛生部は、一九八二年から一九八七年までの間、毎年一回高等医学院校医学専業統一試験を行っていた。衛生部統一試験は臨床教育を終了して卒業前に受ける試験であり、卒業試験ではないが、右試験に不合格の学生は卒業を認められなかったのであり、制度として確立されていたものである。

なお、上海第二医科大学は衛生部の所管する大学(計一一校ある。)ではないし、国家教育委員会に直属する大学でもなければ、重点大学でもない。同大学は上海市高等教育局所管の地方大学である。

また、被告らが主張する「一三校の重点大学として全国同時の卒業試験」は、一九八二年から一九八七年までの間に衛生部が行っていた高等医学院校医学専業統一試験とは別のものである。

原告は、一九八五年又は一九八六年に統一試験を受験して合格し、さらに一九八七年に大学が行った卒業試験に合格して卒業した。

(4) 医学士学位

ア 中国においては、「中華人民共和国学位条例」に基づき、<1>医科大学本科を卒業し、<2>成績優秀であり、かつ、<3>医学の基礎理論・知識及び基本技能を比較的よく修得して、<4>医学研究活動に従事し、または医師としての活動を担当するに足りる基礎的能力を有する者に対し、医学士学位が授与されることになっている。

中国において医学部設置大学計七三校中医学士学位授与権限があるのは六一校である。医科大学の医学士学位の授与権限は、国務院学位委員会が大学の行う講義・実験・実習及び試験制度について審査を行い、国務院が大学に授権したものである。

原告が卒業した上海第二医科大学は学位授与権限を与えられており、原告はこの学位を授与されている。

イ 医師免許及び医師国家試験について、被告厚生大臣は「医療に第一歩を踏み出し、指導医の下でその任務を果たすのに必要な基本的知識及び技能であると考えられる」という見解を示している。この医師免許付与の要件を中国における医学士学位授与の要件<1>ないし<4>と対照すると、<1>、<3>の一部、<4>の一部にすぎないのである。中華人民共和国の医学士学位は医師免許の取得のための要件以上の要件を満たす必要があることは明らかである。

なお、現在本試験に合格して臨床研修に従事している研修医の診療レベルについて、被告厚生大臣は、「打・聴診などの基本的診察技術や系統的な内科診断技法などの知識・技能に乏しく、患者を前にして適切な対応ができない研修医も少なからず見られる」との認識を示しているところ、医学士学位の授与基準はアで述べたとおりであり、右レベルを上まわっているものである。

(四) 中国における医学校の設置について

(1) 医学校は「普通高等学院校設置暫行条例」及び「普通高等学院校本科専攻設置暫行規定」に基づき設立され、教員のレベルは「高等学院校教師職務試行条例」により保証され、さらに新入生・卒業生の徳・智・体のレベルは「全日制普通高等学院校学生学籍管理方法」により保証されている。その意味で中国の医学校の卒業生の学力及び技能は、日本と同等ないしそれ以上に国家レベルで制度上担保されているのである。

(2) 医学校の設置に当たっての規定

ア 医学校・医学部・医学専攻の責任者

比較的に高い政治素質及び高等教育の業務能力・大学本科卒業文化水準を有する専門職の校(院)学長及び副校(院)学長を配備しなければならず、同時に、専門職の思想政治業務及び医学部・医学専攻の責任者をも配備しなければならない。

イ 教員組織

学生人数に対応して確実に教学計画規定を完成させ得る数の教師及び実験技術人員を配備しなければならない。具体的には、医学校が開校しあるいは新入生を募集する際、各進学課程及び各専攻基礎必修課程講座において、少なくとも二人以上の講師以上の職務を有する常勤教師を配備しなければならず、かつ、主要専攻必修課程講座において、少なくとも別々に一人以上の講師以上の職称を有する常勤教師を配備しなければならない。助教授以上の職務を有する常勤教師人数は、本校常勤教師総数の百分の一〇以下であってはならないし、さらに、医学校の非常勤教師の人数は、本校(院)の常勤教師人数の四分の一を超えてはならない。

ウ 校舎及び設備等

学科種類及び規模に適応し得る土地及び校舎を有しなければならず、教学、生活、体育運動、学校の長期的発展の需要を保証し、教室、実験室、図書館、実習場所、体育施設及び宿舎食堂等を整備しなければならない。普通高等学院校の土地面積及び校舎の建築面積については、国家が規定した一般高等学院校校舎計画面積の定額を参照して計算するとされている。図書資料について、高等医学校には六万冊以上と規定し、また医学専攻の性質及び学生の人数に応じて、必需の儀器、設備、標本、模型を配置しなければならない。

エ 附属病院

少なくとも一か所の附属病院及び必要に応じ得る教育病院を有しなければならない。

(3) 教員の選任

ア 「高等学院校教師職務試行条例」に基づき、教師の職務としては助手、講師、助教授、教授を設け、各級の職務について、聘任制又は任命制を実行している。任職資格については、教員の学歴、学位、外国語能力、教育(管理)能力、論文及び著作のレベル、教育経歴等の任職条件に基づき、各級の評価・審査委員会で審査・決定をし、学長が有資格者を聘任又は任命する。さらに学校は、聘任又は任命されている教師の業務水準、能力、勤務態度及び成績について、定期的及び不定期的の考査を行い、考査の成績について、考績档案(ファイル)に考査の成績を記入し、昇進、昇給、賞罰、聘任又は任命を継続するか否かの根拠とする。

イ 右にいう学位は中国の「学位条例」という法律に基づくものであり、日本の学校教育法第六八条の二のように、大学を卒業した者・大学院の課程を修了した者に授与されるものではない。例えば、助手の資格について、原告のような学士学位を有する者には、助手の資格が与えられるが、大学を卒業(日本の学士)し、学士学位を獲得していない者には、試験又は考査を経て、学士学位の水準を確かに満たして、一年以上の見習い、試用期間を経て、助手の職責を担任・履行し得ることが表明されなければ、助手の資格は与えられない。さらに、修士及び博士の学位論文審査委員会には他機関に所属する専門家を加えなければならない。

(4) 学籍管理

ア 入学選抜

医学校ごとの個別の入学試験がなく、すべての受験生は国家入学試験を受けなければならない。入学試験は、一二年の小・中学教育の修了時に実施される大学入学のための選抜試験である。これにより、新入生の学力水準が保たれる。新入生が入学した後も、大学は新入生募集の規定に基づき再審査を行い、不正行為をした者は学籍を取り消される。

イ 教育のカリキュラム

すべての医学校が国立であり、全国の医学校に用いる教科書は、一九八一年に中華人民共和国中央衛生部の指導の下に医学校の使用する医学専業の教科書編集委員会により編集されたものであり、さらに、新しく教科書を改訂、編集、出版することにより、中国の医学教育の質と量を高めることが保証されるのである。

国家教育委員会が各医薬専攻教育計画の指導性教育文献を制定し、各医学校がこれらの文献の要求に従って、教育計画を策定し、各医薬専攻は専攻の教育計画に基づき、医学教育を行っている。さらに、専攻設置に当たって、専攻の養成目標に符合する教学計画及びその他の必需な教学文献を制定しなければならない。そのため、同一名称の専攻は、各大学の優勢又は地域の特徴により、独自の特色を有するものの、基本の規格を保証されている。専攻の養成目標に符合する教学計画を有しない場合、その専攻の承認を与えないことができる。

これに対して、日本の場合、医学のカリキュラムは各大学の自主性にゆだねられ、カリキュラムの立案は大学の委員会で作成されているのである。さらに教育内容を示す印刷物すらない大学が七九校のうち一九校もあるとされている。

ウ 学籍管理

<1> 「全日制普通高等学院校学生学籍管理方法」に基づき、学生がある課程の授業を無断欠席し、その累積時間数がその課程の授業時間数の三分の一を超えた場合、本課程の試験に参加することができない。また、試験に無断欠席又は試験の不正行為をした場合、その課程の成績は〇点として記録し、正規の再試験を受けられない。さらに、一つの課程についていくつかの学期にわたって授業を行う時、毎学期を一つの課程として計算し、教育計画に規定された実習の試験を合格しなければ、その一つの課程を不合格として計算し、臨床実習・卒業時の課程試験に不合格の場合、各一つの課程を不合格として計算している。

さらに、学業に専念するため、在学学生は一般的に未婚者でなければならず、無断結婚した場合、退学とされる。

学生は各課程の試験に合格しない場合は、再試験を受けなければならない。各学期において、再試験を受けた後も、三つの主要課程又は以前累積しているのと合計で四課程(四課程を含む)以上に合格しなければ、退学とし、同一学年で第二次留年をした場合、退学とし、いかなる理由(休学・学籍の保留を含む)であっても、在学学習の期間を累計してその学制を二年超える場合(例えば、四年制の場合は六年以上であってはいけない。)も、退学とするのである。

そして臨床実習・卒業時の課程試験(衛生部統一試験・卒業試験)に合格しなければ、結業とするのである。

つまり、各課程の試験、卒業試験及び衛生部統一試験に不合格の者に対する再試験回数には上限が設けられ、さらに一学期ごとの不合格の課程数、不合格の累積課程数及び同一学年における留年回数、在学期間、留年総回数のすべてにわたって上限が設けられているのである。

<2> 卒業の要件

高等学院校の卒業要件としては、法規を遵守し、品行方正であること、健康で、体育の成績は合格であること、教学計画規定の全部の課程を修了し、それらの試験に合格したこと、臨床実習・卒業時の課程の試験に合格したことが必要である。

これに対して、日本の医学校の卒業要件としては、一八八単位以上を修得すると規定しているのみであり、再試験・留年等の規定はなく、又は各大学の定めるところにゆだねられており、留年者・休学者の比率などからして、日本の医学校卒業者のレベルが、「医学部設置審査基準要項」の医学教育の目標に定めている「医学学部教育においては、医師として最小限必要な知識・技術を体得させ、卒業直後といえども適当な指導者の下では直接独立で診療を行うことができる程度の実力を付与する…」を満たしているかは、大いに疑問といわざるを得ない。

(5) 監督管理

中国における医学校の設置に関しては、国家教育委員会より審査・認可及び検査処理される。さらに、認可した医学校の専攻について、国家教育委員会又は医学校の主管部門が検査権を有し、規定条件に符合しないものを発見した場合、承認を与えないこと(専攻の取消し)ができる。

中国では、高等医学院校を卒業した時点で医者の資格を与えられており、新設医学校の質・量を保証するため、国家教育委員会又はそれが委託する機関により新設医学校の第一回卒業生に対し、成績審査・検収を行っている。新設医学校の第一回の卒業生の中で一人でも「打・聴診等の基本的診察技術や系統的な内科診断技法等の知識・技能には乏しく、患者を前にして適切な対応ができない者」が発見されれば、その医学校は規定の要求を満たさないものとし、国家教育員会が調整、整頓、新入生募集の停止又は運営停止のいずれかを命ずるのである。さらに「普通高等学院校設置暫行条例」施行前に設置又は学校名称を変更した医学校についても、本条例に基づき、国家教育委員会が制定する方法で整理を行わなければならない。

(五) 医師資格の登録及び管理

(1) 医師の資格

ア 中国には医業を行える資格が数多くあるが、日本の医師に相当するのは、一二年間の初等中等教育に続いて五年ないし八年の医学教育を受けた者である。医学校を卒業した者は政府によってポストに任命される。

各高等医学校の卒業証書は一種の医師免許証として通用し、医師(住院医師)になるには十分である。

イ 医師の資格(職階ないし職称)

住院医師…<1> 高等医学校を卒業した者。<2> 中等医学校を卒業し、その後医師の下で三年以上学んで資格試験に合格した者。

主治医師…住院医師となって、主治医師の下で診断及び治療を三年間学び、資格試験(国家統一試験はない)に合格した者。

副主任医師及び主任医師…主治医師となってから、その後の昇給試験に合格した者。

(2) 医師を管理する所轄行政庁

医師を管理する行政組織は衛生省(部)を中心に衛生部に属する三級の衛生庁(局・科・院)である。これらの機関によって、医師はすべて国家によって管理されている。

(3) 档案について

医学校を卒業した者は国家の統一的分配に従わなければならず、医師の資格である高等医学校の学歴、学位及び学業成績等については医師の資格を有する者(以下「有資格者」という)の「档案」に登録されている。档案とは、組織人事などの関連部門が有資格者の養成、選抜及び任用等の業務において把握した、医師の個人経歴、政治思想、倫理品位、業務能力、勤務態度及び業務成績等を記載する文献資料である。さらに、この档案は、有資格者を管理する医療機関及び衛生部に属する三級の衛生庁(局・科・院)のものではなく、国家档案の重要構成部分と位置づけられている。管理体制は整備されており、管理範囲も明確かつ広範である。個人開業医であっても档案に登録され、退官した後も、関連組織・人事部門あるいは労働部門が保管することになっている。このことは、結局国家が医籍を管理していることにほかならない。国家が「公的機関」であることは疑いなく、またその管理が「一元的」であることも疑いのないところである。さらに、有資格者が倫理規定に違反し、又は医療事故を起こした場合受けた処分(警告、記過、記大過、降職、降級、免職、除名後留用監査及び除名)の選別及び処分を免除する処理意見を档案に登録し、有資格者死亡後も人事部門が最低五年間はその档案を管理しなければならないのである。

(4) 無資格者の医業禁止

国務院は、「医療機関管理条例」を制定し、疾病の診断及び診療に従事する病院、衛生院、療養院、外来部、クリニック、衛生処(室)及び救急ステーションなどの医療機関が執業許可を受けずに業務を行うこと、右医療機関が医師又は医士以外の者を医業に従事させることをいずれも禁止する旨を規定し、また医師が医業を行うときには医師の氏名、職務(医師)及び職称(職階:住院・主治・副主任・主任)の名札を付けるべき旨を規定している。

(5) 開業医師に対する管理

中華人民共和国衛生部は、「医師、漢方医師個人開業暫行管理方法」を制定し、開業医師に対する管理を規定している。中国においては、個人医療衛生機構は社会主義的公有制衛生事業の補充として位置づけられている。

ア 開業の資格の規制

医師の個人開業の申請ができるのは、<1>医師資格(ⅰ高等医学校卒業証書を得たこと、ⅱ衛生部衛生技術人員の職称評定及び職務聘任制度の規定に基づき医師の資格を取得したこと、ⅲ衛生行政部門の統一試験及び考査に合格し医師の資格を獲得したこと)を得た後、<2>国公立医療機関にて連続三年以上医業に従事し、<3>地・市衛生行政管理部門の審査に合格した者に限られている。業務執行中に重大な過失を犯し、医師の資格を取り消された者は開業の申請をすることができない。

開業の申請が認められると、開業免許が与えられ、開業することができる。

イ 開業医の業務に対する規制

開業医師は衛生行政部門の規定する初級衛生保健業務を行うものとされ、その業務は、開業場所、診療科目及び業務範囲の限定、免許の毎年一回の審査、補助人員の資格と雇用の許可、病床設置の制限、カルテ等の統一的制定、広告宣伝の制限など、詳細に規制されている。

(6) 非違行為をした医師の処分

ア 医療倫理規範

中華人民共和国衛生部は、「医療関係者の医学倫理規範及び実施方法」を制定し、高度の倫理規範を定めている。医学倫理を真剣に遵守しない医師に対しては批判・教育を行い、医学倫理の重大な違反を犯し、教育を受けても改めない医師に対しては、状況に応じて処分を行うとされる。

イ 医療事故について

国務院は「医療事故処理方法」を制定し、医療事故の正確な把握と、患者と医療関係者の権利の保障、医療機関の業務秩序の維持を図っている。同法は、医療事故を<1>医師の規則制度・診療常識に反する職務上の失態による責任事故と<2>技術の過失による技術事故に分類し、さらに患者に与えた損害の程度に基づき、一級医療事故から三級医療事故に分級している。

医療事故が発生した場合について、報告、原始資料の保護及び検死などの処理過程を詳細に規定している。

医療事故の鑑定は医療事故技術鑑定委員会が行い、医療事故を起こした医師の処分は、事故の分類、等級、具体的な状況、本人の態度及び一貫した勤務状態に基づき、刑事処罰と別に、書面による反省、警告、記過、記大過、降職、免職・除名後留用監査及び除名のいずれかの処分を行う。

(六) まとめ

以上述べてきたとおり、中国においては、「当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて担保する制度」として卒業試験(これに合格することにより住院医師の資格を得る。)、高等医学院校医学専業統一試験(これに合格しないと、卒業及び学位の取得ができない。)、医学士学位(これにより医学校を優秀な成績で卒業したこと、医学の基礎理論、知識及び基本技能をよく修得し、医学研究活動への従事、医師としての活動を行うに足りる基礎的能力を有することが証明される。)の制度が確立しており、かつ、原告は右のいずれの試験にも合格し、医学士学位も取得している。

また、中国においては、これらの制度をすべて国家が掌握・管理し、大学を含む関係機関がその合格を公証することができ、現に原告はその証明を受けている。

さらに、中国においては、国家が医師の国家機関への任用、個人開業医師の免許の与奪を全面的に行っており、医師に対する十分な規制・監督を行っている。

以上のとおり、中国の制度は、被告らが本件認定基準九項・一〇項を設けた趣旨を満たしており、かつ、原告はこれらの要件を実質的に充足しているのである。

(被告らの主張)

1 法一一条三号の資格認定に当たっての被告厚生大臣の裁量の性質について

(一) 前記第二の一記載のとおり、法は、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者が、学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者等と同等以上の学力及び技能を有しているか否かの認定を被告厚生大臣にゆだねているのであるが(一一条三号。これに対し、同条一号及び二号の本試験受験資格については、被告厚生大臣の認定は不要である。)、いうまでもなく、右の判断を行うためには、医師国家試験資格認定の申請者(以下「当該申請者」ということがある。)の出身医学校(以下「当該医学校」という。)の医療水準や医師養成の教育年限及びカリキュラムの内容、教育環境、当該医学校において履修が義務づけられている医学の系譜、医師の資格試験制度及び免許制度等を総合的に考慮する必要がある。

とりわけ医師国家試験の受験資格をどのように認定するかの判断は、我が国において国民に提供される医療水準を決定づけ、国民の生命及び健康に直接重大な関係を有するものであるから、右判断をゆだねられた被告厚生大臣には、国民医療を低下させることにつながらないよう極めて慎重かつ適正な判断が求められるものである。このように、法一一条三号の規定が、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者の受験資格の認定を被告厚生大臣にゆだねたのは、右のような専門技術的な判断を要する事項について、厚生大臣の適切な裁量権の行使を期待する趣旨であると解され、したがって、被告厚生大臣の行う右認定判断は、右専門技術的な判断を基礎とする裁量の範囲を逸脱し又はその濫用にわたる場合でない限り、違法であるとはいえないものである。

(二) さらに、前記第二の一記載のとおり、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者であって、被告厚生大臣が「適当と認定したもの」でなければ予備試験の受験資格は付与されず(法一二条)、また、被告厚生大臣において学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者等と同等以上の学力及び技能を有していると認定し、かつ、「適当と認定したもの」でなければ、本試験の受験資格は付与されない(法一一条三号)。このように、法が、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者に係る医師国家試験の受験資格認定について、被告厚生大臣の広範な裁量判断にゆだねたのは、医師国家試験の受験資格の認定次第では、我が国において医師の過剰状態から国民に対する医療レベルの低下を招いたり、就労を目的とする外国人医師の流入を抑制し得ない事態を生じたりするため、国民に対し提供される医療水準を維持し、かつ適切な医師及び医療施設の数を維持するとの政策的な判断を被告厚生大臣の専門技術的な判断にゆだねる趣旨に基づくものであって、この点からも、法は、本試験の受験資格の認定に当たっては、被告厚生大臣に広範な裁量権の行使を認めているものと解されるのである。

2 本件認定基準の概要

(一) 法一一条三号の「同等以上の学力及び技能」を有するかどうかの判定については、本件認定基準一項ないし五項及び七項ないし一〇項の各要件によって判断することとし、原則としてこれらすべての要件が満たされない限り「同等以上の学力及び技能」を有するものとは認めない扱いとしている。右各項の要件からも明らかなとおり、「同等以上の学力及び技能」を有するか否かについては、当該医学校に係る事項(入学資格、教育年限、卒業までの修業年限、専門科目の授業時間、当該医学校卒業からの年数、教育環境及び当該国政府の判断)並びに当該国の免許を取得する場合の国家試験制度の有無のみによって判定しているのであり、当該申請者における学力、技能等の個別的事情は一切考慮していない。なお、同基準六項の「専門科目の成績が良好であること」とは、専門科目の成績が劣っているような場合には、法一一条三号の「適当」であるとは認められないものとするものであり、争点2で問題となる「適当」であるか否かの判定に係るものであるが、専門科目の成績が良好であれば他の審査要件が充足されていなくとも本試験の受験資格を認めるというものではない。

また、本件認定基準九項に「医(歯)学校卒業当該国の医師(歯科医師)免許を取得していること」とあり、同一〇項に「当該国の免許を取得する場合の国家試験制度」について「制度が確立されていること」とあるのは、当該医学校に係る審査要件(同一項ないし八項の要件)だけでは、世界各国に無数に存在する医学校における教育水準等を、被告厚生大臣において適切に把握し、限られた時間の中で当該申請者の学力及び技能を審査の材料とすることが到底不可能であることから、当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて一応担保するものとして設けられた要件であって、本件中間報告に「資格所持者の医学・歯科医学的知識・技能が、国家試験・免許制度により確保されていること」とあるのを受けた要件である。したがって、当該申請者において右基準九項又は一〇項の要件を満たしていない場合には、仮に右申請者が当該医学校において優秀な成績を修めていたとしても、右成績が当該国において確立された制度的な保証の下に認定されたものということはできないから、本試験受験資格を認定することはできないのである。

さらに、右のことからも明らかなとおり、本件認定基準一〇項に「制度が確立されていること」とあるのは、当該申請者の卒業した医学校の成績のみで当該申請者の学力及び技能を適切に判定することが極めて困難であることから、当該国の免許を取得する場合の国家試験又はそれに代わり得る国家的な制度に合格したことをもって、我が国において予備試験に合格しなくとも本試験受験資格を付与することとするものである。したがって、右国家試験又はそれに代わり得る国家的な制度は、予備試験という客観的に受験者の能力を判定し得る制度を免除するに足りる客観的なものでなければならず、当該年度における当該国全体にわたる受験者から当該国において要求される学力及び技能を満たす者を客観的に選別し得るような判定制度であることを要するものである。

(二) 法一一条三号の「適当」であるか否かの判定については、同基準六項、一一項及び一二項の各項目により判定しているものである。

3 本件認定基準の合理性

被告厚生大臣は、本試験受験資格認定に係る前記1の裁量権を基礎とし、本件認定基準に則った本試験受験資格の認定を行ってきたところであるが、右基準は、次のとおり、法の解釈・運用として適切・妥当なものであって、右基準に則った本試験受験資格の認定が、右裁量を逸脱し又はその濫用にわたるものとは到底いえない。

(一) 法は、前記第二の一記載のとおり、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者に対して、直ちに本試験受験資格を付与することなく、被告厚生大臣が適当と認定したものに対して予備試験受験資格を付与し(一二条)、同試験に合格後一年以上診療及び公衆衛生に関する実地修練を経て初めて本試験受験資格を付与することとしており(一一条二号)、法一一条三号に該当すると認定されたものについては、右予備試験の合格及び実地修練を経なくとも本試験の受験資格を認定するものとしている。すなわち、予備試験は、同条一号からも明らかなとおり、当該受験者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等の学力及び技能を有すると認められるか否かについて、試験という認定者の恣意の入り込む余地のない客観的な制度によって判定しようとするものであって、同条三号の資格の認定に当たっては、予備試験の合格という客観的な学力判定及び一年以上の実地修練を免除するに足りるだけの学力及び技能が認められることを要するものであり、その認定に当たっていやしくも認定者の恣意的な判断が介在するようなことがあってはならないのである。

(二) 本試験受験資格認定の重要性

(1) 我が国において医師になろうとする者は、本試験に合格し、被告厚生大臣の免許を受けなければならず(法二条)、本試験は、臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として具有すべき知識及び技能についてこれを行うこととされているところ(法九条)、我が国の学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者(法一一条一号)は、医学及び公衆衛生に関する学力及び技能について一定水準の資質を有することが我が国の制度上担保される仕組みとなっている。

すなわち、学校教育法に基づく大学において、医学、歯学又は獣医学を履修する課程の修業年限は六年とされているほか(同法五五条)、学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、監督庁(同法附則一〇六条一項により文部大臣とされている。)の定める設備、編制その他に関する設置基準に従いこれを設置しなければならず(同法三条)、大学の学部の設置廃止、設置者の変更その他政令で定める事項は、監督庁の認可を受けなければならず(同法四条一項)、学校が設備、授業その他の事項について、法令の規定又は監督庁の定める規程に違反したときは、監督庁はその変更を命ずることができるものとされている(同法一四条)。

そして、大学設置基準(昭和三一年一〇月二二日文部省令第二八号)において、大学の学部は、専攻により教育研究の必要に応じ組織されるものであって、教育研究上適当な規模内容を有し、学科目又は講座の種類及び数、教員数その他が学部として適当な組織をもつと認められるものでなければならないこととされている(同基準三条)。また、大学は、その教育研究上の目的を達成するため、学科目制又は講座制を設け、これらに必要な教員を置くものとされ(同基準七条一項)、右の学科目制については、教育上必要な学科目を定め、その教育研究に必要な教員を置くこととされ、教育上主要と認められる学科目(以下「主要学科目」という。)は、原則として専任の教授又は助教授が担当するものとし、主要学科目以外の科目についてはなるべく専任の教授、助教授又は講師が担当するものとされているほか(同基準八条一項)、演習、実験、実習又は実技を伴う学科目にはなるべく助手を置くものとされている(同条二項)。また、講座制についても、教育研究上必要な専攻分野を定め、その教育研究に必要な教員を置くものとされ(同基準七条三項)、原則として教授、助教授及び助手が置かれ(同基準九条一項本文)、原則として専任の教授が担当することとされている(同条二項)。そして、教授、助教授、講師及び助手の資格についてもしかるべき資格を有することが求められている(同基準第四章)。さらに、大学は、当該大学、学部及び学科又は課程等の教育上の目的を達成するために必要な授業科目を開設し、体系的に教育課程を編成するものとされ(同基準一九条一項)、教育課程の編成に当たっては、大学は、学部等の専攻に係る専門の学芸を教授するとともに、幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養するよう適切に配慮しなければならないこととされているほか(同条二項)、教育課程の編成方法、単位数、一年間の授業期間、各授業科目の授業期間、授業の方法についても一定の要件が課されている(同基準二〇条以下)。そして、医学又は歯学に関する学科に係る卒業の要件は、原則として、大学に六年以上在学し、一八八単位以上を修得することとされている(同基準三二条二項本文)。なお、校舎、研究室、教室等の定めも置かれている(同基準三六条)。そして、右設置基準は、大学を設置するのに必要な最低の基準とされ(同基準一条二項)、大学は、右設置基準より低下した状態にならないようにすることはもとより、その水準の向上を図ることに努めなければならないこととされている(同条三項)。なお、前述のとおり、学校が設備、授業その他の事項について、これらの規定に違反したときは、監督庁はその変更を命ずることができるものとされている(学校教育法一四条)。

さらに、従来、医学部の設置認可(同法四条)の審査に当たっては、医学専門委員会が昭和四三年九月一九日に策定した「医学部設置審査基準要項」に基づく審査を行ってきたところであり、右要項には、医学教育の目標、学部の組織、講座編成、専門教育の教員組織、学生定員、授業時間数、校舎、図書及び学術雑誌、解剖学実習用死体等、附属病院、年次計画等についての詳細な規定が置かれている。右要項は、昭和五七年以降、医学部の新規設置が行われておらず、さらに平成三年の大学設置基準の大綱化に伴い、現在は基準としての拘束力を有していないが、右要綱に基づき既に設置されている医学部については、適切な医学教育を実施する水準が確保されていると認められるところである。本試験においては、これらの十分な卒前教育に加えて、学力及び技能の面での適否が国家試験によって的確に判定されなければならないが、右に述べたように、我が国の学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者(法一一条一号)が、医学及び公衆衛生に関する学力及び技能について一定水準の資質を有することが我が国の制度上担保される仕組みとなっていることから、出題に当たっては、卒前教育の現状を十分考慮して出題することとされている。そして、本試験は、これらの者が、六年間、医学の正規の課程を修め、医学及び臨床の学習を積んできているということを前提に、その医学及び臨床の学習の成果を確認するという観点から実施されており、本試験の合格率はかなり高くなっている実情にある(近年の本試験の合格率は、九割前後で推移している。)。このように、現在の本試験の合格率が高くなっているのは、主として、当該受験者が、我が国の大学において、六年間、医学の正規の課程を修め、医学及び臨床の学習を積んできており、その意味で一定水準の学力及び技能を有していることが国家レベルで制度上担保されているというところにその理由があるのである。

(2) ところが、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者の場合は、右の前提条件を欠いている。すなわち、当該医学校の設備、授業内容等、また医師免許の取得要件等については、各国の実情に応じ、当該医学校の自主性にゆだねられているか、又はそれぞれの国において種々の異なった定めがなされているところであり、必ずしも日本の大学の水準を満たしているとはいえない。したがって、当該申請者が、単に外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得たというのみでは、これらの者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることが制度上担保されているとは到底いえないことは明らかである。このような者が、単に外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得たというのみで我が国の本試験受験資格を取得するとすれば、前記のような本試験の趣旨及び実情に照らし、当該受験者が直接的に国民に対する医療提供活動に携わる可能性が大きいということを意味するのであって、国民に対する安全な医療行為の提供を確保するという最低限の要請が維持できないことは明らかである(とりわけ、現在、政府は、国民が安心して良質な医療サービスを受けることができるような医療制度を構築するため医療提供体制の抜本的改革に取り組んでおり、その一環として、医師の資質の向上を図るため、医師の卒後の臨床研修を必修化し、医師免許制度及び国家試験の見直しを図ることとしており、医師の免許については制度強化が求められていることに留意すべきである。)。

そこで、法は、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者について、適当と認めた者に限り予備試験を課し(一二条)、これに合格した者が合格した後一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経た場合に、初めて本試験受験資格を付与することとしているのである(一一条二号)。

すなわち、予備試験の出題範囲は、日本の医学生が六年間で履修する範囲を逸脱するものではなく、本試験と同様に「医師国家試験出題基準」の範囲内のものであり、右予備試験に合格した後一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経て初めて当該受験者に本試験受験資格を付与するものとすることにより、当該受験者が、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることを制度上担保することとしているのである。

(三) 本件認定基準の合理性について

(1) 右のように、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者は、通常の場合、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることを制度上担保するために、予備試験の合格及びその後の一年間の実地修練を義務づけ、その要件を満たした者に限って本試験受験資格を付与することとしているところ、その趣旨に照らせば、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者であっても、当該国の国家レベルの制度上の担保により、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していると認めることができれば、右の予備試験及び一年間の実地修練を本試験受験資格の認定の要件とする必要はないわけであり、かかる観点から、法一一条三号は、当該申請者が「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、且つ、適当と認定したもの」に該当するときは、予備試験及び一年間の実地修練を省略し、本試験受験資格を付与することとしているのである(なお、同号には「前二号」とあるが、法一一条二号の受験資格は、前記(二)(2)で述べたとおり、当該申請者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることを制度上担保した上での受験資格であることから、結局のところ同条一号と同等の学力及び技能をいうに帰するのである。)。

したがって、法一一条三号の受験資格は、当該申請者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることが、当該国の国家レベルの制度的担保によって確保されている場合に限って認められるものであり、また、そうであればこそ、当該申請者は、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者が大学における六年間の医学及び臨床の学習の成果を確認する観点から本試験を受験するのと同様、当該国の制度的な担保に裏付けられた医学及び臨床の学習の成果を確認する観点から、本試験の受験資格を付与されることとなるのである。

(2) 本件認定基準は、別紙1のとおりであり、学力及び技能に係る考慮要素は、当該申請者が、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることが制度的な担保によって確保されているか否かという観点から具体的に定められている。すなわち、本件認定基準のうち、一項ないし五項、七項及び八項は、当該申請者の卒業大学に係る要件であり、九項(医師免許の取得)及び一〇項(当該医師免許を取得する場合の国家試験制度が制度として確立されていること)の要件は、いずれも、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものであって、いずれも必ず考慮しなければならない要件とされているのである。

したがって、右の医師免許制度及び国家試験制度は、予備試験及び一年間の実地修練という客観的に受験者の学力及び技能を判定し得る制度的担保を省略するに足りる客観的なものでなければならず、右国家試験制度は、当該年度における当該国全体にわたる受験者から当該国において要求される学力及び技能を満たす者を客観的に選別し得るような判定制度であることを要するのである。

このように、本件認定基準は、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものとして医師免許の取得及び国家試験の合格を要件としているのであり、そのような基準の設定が前記(二)で述べた法一条、九条及び一一条の趣旨に沿うものであることは明らかである。

(3)<1> これに対し、原告は、法一一条三号の「学力及び技能」は、必ずしも国家レベルの制度的担保を要するものではなく、当該申請者の卒業大学の水準のみにより判定すべきである旨主張する。確かに、当該申請者の学力及び技能を客観的に判定するに当たっては、例えば当該申請者の卒業した大学における成績、医療水準、教育年限、授業時間、教育環境等が一つの目安になることはいうまでもない(本件認定基準一項ないし五項、七項及び八項)。しかしながら、次のとおり、当該医学校に係る審査項目のみをもって、当該申請者の学力及び技能を客観的に判定することは、被告厚生大臣の専門技術的判断をもってしても到底不可能であるといわざるを得ない。

ア すなわち、まず、世界各国に無数に存在する医学校における教育水準、教育環境等のデータを、被告厚生大臣において適切に把握し、これらの種々の要素を総合的に勘案して当該医学校のレベルを客観的に比較・評価・判定すること自体、極めて困難であり、右教育水準、教育環境などのデータが各年度において刻々と変化し得ること、当該申請者が当該医学校に在籍した年度も申請者に応じて異なること(本件認定基準において、医学校卒業からの年数は一〇年以内とされていることに留意すべきである。本件認定基準六項)に照らせば、当該医学校における成績及び教育水準のみをもって、当該申請者の学力及び技能を客観的に判定することは不可能というべきであり、かえって、同被告において当該申請者の個別的な成績等をも考慮することは、試験資格の認定に当たっての公平性・画一処理性の要請にも反するものといわなければならない。

イ また、法一一条三号の学力及び技能の判定は本試験受験資格認定上の判定であって、本試験に間に合うよう迅速な処理が必要であるところ、右判定業務を処理すべき人員の確保には限界があり、他方我が国において医療に関する諸活動を行うことを希望するものが増加しているという現状の下で、世界各国の医学校における教育水準、教育環境等を被告厚生大臣において適切に把握することは到底不可能である。

ウ このように、当該医学校に係る審査項目のみをもって、当該申請者の学力及び技能を客観的に判定することは、被告厚生大臣の専門技術的判断をもってしても到底不可能である。

<2> 原告は、法一一条三号の「学力及び技能」は、必ずしも国家レベルの制度的担保を要するものではなく、当該申請者の大学における成績等の個人的な成績によって判定すべきである旨主張する。

しかしながら、原告が卒業した医学校のレベル、医学校卒業時の成績等を基礎として被告厚生大臣が原告の学力及び技能を認定しなければならないとすれば、その判断が恣意に流れるおそれがあり、本試験受験資格の認定に当たって要請される画一処理性の原則を満たすこともできず、他の資格認定申請者との関係でも不公平が生ずるおそれがある。また、個人的な成績を基準とする認定方法は、法一一条三号の受験資格は、当該申請者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることが、客観的な制度的な担保によって確保されている場合に限って認められるものであるという趣旨(前記(三)(1))にも反するものである。

<3> そして、現状において、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものとして、医師免許の取得及び当該医師免許を取得する場合の国家試験の合格に代わり得る有効な基準は存在しないのが実情である。

(4) 結局のところ、当該申請者の学力及び技能が、日本の大学医学部を卒業した者又は予備試験に合格した上で一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経た者と「同等以上の学力及び技能」を有するか否かの判断に当たっては、当該医学校の教育環境等のほか、当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて一応担保するものとして、当該国の医師免許を取得していること(本件認定基準九項)及び当該国の医師免許を取得する場合の国家試験制度が確立されていること(本件認定基準一〇項)によって判定せざるを得ないのであって(なお、本件認定基準九項及び一〇項は、本件中間報告に「資格所持者の医学・歯科医学的知能・技能が国家試験・免許制度により確保されていること」とあるのを受けた基準である。)、本件認定基準は、十分に合理性を有するものである。

(四) 法一一条三号の解釈

本件認定基準によれば、本試験受験資格が認定されるためには、当該申請者が外国の医学校を卒業し、外国で医師免許を取得したことが最低限必要である。この点、法一一条三号は、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」と規定し、外国の医学校の卒業と医師免許の取得を選択的に取り扱うかのような規定とされているが、これは、予備試験受験資格の認定の前提として、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」(法一二条)とあるのと同一の前提条件を提示したにすぎず、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」でさえあれば本試験受験資格を付与することとする趣旨でないことはいうまでもない。そして、法は、一一条三号において、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」であっても、「厚生大臣が前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、かつ、適当と認定したもの」でなければ本試験受験資格を付与しない扱いにしており、かつ、現状において、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものとして医師免許の取得及び国家試験の合格に代わり得る有効な基準は存在しないのが実情である以上、本件認定基準において、本試験受験資格を付与するために当該申請者が外国の医学校を卒業し、外国で医師免許を取得したことを最低限の要件としているのは、十分合理的な取扱いであり、被告厚生大臣に与えられた裁量権を逸脱するものではない。

したがって、本件認定基準は、本一一条三号の趣旨を何ら逸脱するものではない。

4 中国には医師免許制度が存在しないことについて

(一) 本件認定基準九項の医師免許の取得の要件は、当該国に医師免許制度が存在していることが前提とされており、当該国において医籍を一元的に登録・管理する制度が確立されていなければ、当該申請者はそもそも同項の要件を満たさず、本試験受験資格を付与されないのである。

(二) この点、我が国においては、厚生省に医籍を備え、医師免許に関する事項を登録することとしており(法五条)、医師免許は、医籍に登録することによって行うこととされ(法六条一項)、被告厚生大臣は免許を与えたときは医師免許証を交付することとしているほか(同条二項)、免許取消し、医業停止及び再免許について詳細な規定を置き(同法七条)、さらに、免許の申請、医籍の登録、訂正及び抹消、免許証の交付、書換交付、再交付、返納及び提出並びに住所の届出に関しては、政令でこれを定めることとしている(法八条)。そして、右委任を受けた法施行令(昭和二八年一二月八日政令第三八二号)及び同令八条の委任を受けた法施行規則(昭和二三年一〇月二七日号外厚生省令第四七号)において、さらに詳細な規定がおかれている。

なお、医師が法四条(罰金以上の刑に処せられた者、医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者等)に該当し、又は医師としての品位を損するような行為をしたときは、被告厚生大臣は、あらかじめ医道審議会の意見を聴いて、医師の免許を取消し又は期間を定めて医業の停止を命ずることができる(法七条一項及び四項)。また、医道審議会の組織等について法八条の委任に基づき医道審議会令(昭和三〇年一〇月七日政令第二七三号)が定められているところである。

(三)(1) しかるに、中国においては、一九五〇年まで存在した医師の免許制度は廃止され、以下に述べるとおり、現在、そもそも公的機関による一元的な医籍の登録・管理制度は確立していない。

(2)<1> すなわち、中国には、公的機関による医師の免許登録制度又はこれに代わり得る制度は存在せず、現在、各医療機関の人事部門が医師を登録しているのみであり、また、地域ごとに一括して医籍に登録する制度すら存在しない。

<2> また、医師として活動している者が不正行為を行った場合においても、中国には医師法すら存在しないため、法律に基づく処分がなされることはない。わずかに、医師が医療行為中に医療事故が生じた場合について、「医療処理方法」という規則に基づく処理がなされるに止まる。

<3> 中国においては、医科大学を卒業した学生は、卒業した時点で医者となる資格を得ることができるが、仮に、各大学において卒業生を何らかの方法により管理していたとしても、それが直ちに、医師としての活動を行い得る要件としての医籍への登録・管理を意味するものでないことはいうまでもないし、登録、除籍、資格変更等の手続の存否すら明らかではなく、したがって、登録、除籍、資格変更等の事由が発生する都度、逐次的に、これらの手続を漏れなく行っていることになるものでもない。そもそも中国の各大学において、これらの手続を全国一律になすことを義務づける規則があるのかどうかすら明らかではない。

<4> 中国の大学には、国が管理するもののほかに、各省、直轄市が管理するものも存在する。ちなみに、原告の卒業した上海第二医科大学は上海市高等教育局の主管大学である。このことからも、仮に各大学において卒業生を何らかの方法により管理していたとしても、医籍が全国一元的に管理されているとは到底いい難いものである。

(3) したがって、中国において、公的機関による一元的な医籍の登録・管理制度が確立していないことは明らかである。

(四) また、前記(三)(2)<3>のとおり、中国においては、医科大学を卒業した学生は、卒業した時点で医者となる資格を得ることができるが、中国の大学で養成される医師には西医医師、中医医師があるところ、中医学院(漢方医を養成する大学)において西洋医学を教えているところもあり、また、医科大学においても中国(漢方)医学を教えているところもあり、医師といっても、西洋医学と中国医学(漢方)の境目が判然としないこと、中国の医科大学の設置基準で公表されているものはないことから、医者となる資格を取得した者が、直ちに我が国において大学における医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等の学力及び技能を有すると認めることは到底できないというべきである。

(五) 原告は、中国においては、医師の資格は档案に登録され、国家により一元的に登録・管理がされている旨主張する。

しかしながら、以下に述べるとおり、「档案」をもって中国政府による一元的な医籍の登録・管理制度とみることは困難であり、しかも、原告自身、右「档案」に登録されているのかどうかすら定かではない。

したがって、「档案」が存在することをもって原告が本件認定基準九項の基準を具備しているとはいえない。

(1) 「幹部档案」の適用対象者について

本件認定基準九項にいう「免許」とは、公的機関による一元的な医籍の登録・管理制度をいうところ、原告の主張立証を前提としても、「档案」をもって、中国国内において医師資格を有する者すべてを一元的に登録・管理する制度と認めることは困難である。

すなわち、原告は、「档案」は幹部についての文献資料であって、医師は中国において、…専業技術幹部と分類されている旨主張するが、医師が専業技術幹部に分類されているとは認められない。また、原告は、「幹部」とは「中国において、政府の中に一定の公職を担当する人員」をいうものと主張する。仮に右主張が正しいと仮定しても、中国において医療活動を行い得る者のうち、<1>原告の主張する「統一的分配」から外れた者、<2>医学校を卒業しても医師にならない者、<3>個人で開業する医師及び漢方医師等は、幹部档案には登録されないこととなり、結局、「档案」をもって、中国国内において医師資格を有する者すべてを一元的に登録・管理する制度と認めることは困難である。

(2) 「幹部档案」の記載目的及び記載事項について

「幹部档案」は、「中国共産党の幹部路線・方針及び政策を徹底的に執行するため、賢明者を選びその才能を挙げ、人を知り上手く任用し、社会主義現代化建設服務を進行する」ために作成されるものであって、そもそも医師資格の管理・登録制度とはその作成目的が異なるのであるから、右制度目的のみからみても、「幹部档案」をもって一元的な医籍の管理・登録制度に当たるというのは疑問であるし、また、医師資格の得喪変更のすべてが直ちに厳密に「幹部档案」に反映される仕組みとされているか否かは不明というほかない。

(3) 「幹部档案業務条例」の施行時期について

「幹部档案業務条例」は、一九九一年(平成三年)四月に発布された条例であって、原告が上海第二医科大学を卒業し医師資格を取得した一九八七年(昭和六二年)当時には存在しなかったのであり、また、同条例二一条に「各省・区・市及び中央国家機関組織人事部門は、業務の重要及び档案の中に欠如した材料の情況に応じ、計画的に幹部履歴表を書かせ、鑑定を行わせ、自伝を書かせる等を用意し、且つ直ちにこれらの材料を幹部档案へ補充する。」とあるように、一九九一年(平成三年)の段階においてすら、整備が緒に就いたばかりであることがうかがわれるものである。

(六) よって、中国において医師免許登録制度が存在しないことは明らかであり、原告は本件認定基準九項の要件を欠くものである。

5 中国には医師免許を取得する場合の国家試験制度が存在しないことについて

(一) 原告は、一九八七年(昭和六二年)の衛生部統一試験を受験し合格したとして、本件認定基準一〇項の要件を具備する旨主張する。しかしながら、右主張が失当であることは、次のとおり明らかである。

(1) すなわち、本件認定基準一〇項の国家試験制度とは、「当該国の免許を取得する場合の」国家試験制度であるところ、前記4のとおり、そもそも中国には医師免許登録制度が存在しないのであるから、右衛生部統一試験は、本件認定基準一〇項の「当該国の免許を取得する場合の」国家試験に該当しない。

(2) また、衛生部統一試験の実態は次のとおりであり、中国において医師資格を取得する者の学力及び技能の水準を国家レベルで担保する制度とは到底いえない。

すなわち、衛生部統一試験は、一九八二年(昭和五七年)から一九八八年(昭和六三年)にかけて医科大学を含む高等医学院の医学専攻卒業予定者を対象に毎年一回実施されていたようであるが、別紙3記載のとおり、中国に一三三ある高等医科大学のうち最も多い年でも四六校しか参加しておらず、原告が受験したと主張する一九八五年(昭和六〇年)又は一九八六年(昭和六一年)にわずか一四校又は二三校の参加にとどまっている。また、試験内容には西洋医学のみでなく中国医学も含まれており、その比重も明らかでない。なお、当該試験の成績は、各大学において通常時の試験の成績や臨床卒業実習での技能と並ぶ卒業の条件の判断材料の一つにすぎず、その比重の置き方も各大学の裁量にゆだねられており、統一試験の合否という考え方すらなかったものである。

このように、衛生部統一試験が中国において医師資格を取得する者の学力及び技能の水準を国家的レベルで担保する制度とは、到底いえないことは明らかであり、これを受験して医学校を卒業しているからといって、本試験受験資格認定に当たっての学力及び技能の客観的な証明とはいえないし、基礎的な学力の証明ともいえない。

(二) したがって、原告が本件認定基準一〇項の要件を満たしているとは到底認められないものである。

6 以上のとおり、原告は、法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものとはいえないというべきである。

二  原告につき本試験の受験資格を認めることを「適当」と認定しなかった被告厚生大臣の判断に裁量権の濫用又は逸脱があるか否かについて(争点2)

(原告の主張)

1(一) 法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」する者については、日本で医師として活動するに必要な基礎的条件は備えているのであるから、特段の事情(例えば、国交がない国の国籍を有している場合など。)がない限り、被告厚生大臣は、当該申請者につき、本試験の受験資格を認めることを「適当」と認定すべきである。

しかして、争点1(原告の主張)で述べたとおり、原告は法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものに該当するのであり、右のような特段の事情はないから、本試験の受験資格を認めることについても「適当」と認めるべきである。

(二) しかも、「日中共同声明」の趣旨からして、原告については、本試験の受験資格を認めることが「適当」である旨が積極的に認定されなければならない。

すなわち、被告厚生大臣は、台湾には医師国家試験制度があることを理由に、右国家試験に合格した台湾出身の者に対しては、本試験の受験資格を認めている。

しかし、原告が国籍を有する中華人民共和国における医療水準そのものが、台湾のそれよりも劣っているということはあり得ない。

何よりも、昭和四七年九月二九日の「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」では、「日本国政府は、中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であることを承認する。」「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を充分理解し、尊重…する。」とされている。

被告厚生大臣が、台湾政府が実施した試験を台湾の「医師国家試験」と認め、同政府の発行した医師の認可を「医師免許」と認めて、その保持者に本試験の受験資格を認め、他方で中華人民共和国政府が原告に授与した医学士学位という学術称号をことさらに無視し、予備試験からの受験を強制することは、まさに台湾を国家として承認し、「二つの中国」を前提とするものであり、前記日中共同声明の趣旨に真っ向から違反するものといわなければならない。

(三) 以上のとおりであるから、原告につき本試験の受験資格を認めることを「適当」と認定しなかった被告厚生大臣の判断は、法が同被告に与えた裁量権の範囲を著しく逸脱した違法なものであって、取消しを免れないものである。

2 被告らの主張について

(一) 被告らは、法一一条三号の「適当」といえるか否かの判断に当たって、被告厚生大臣に広範な裁量権がある旨主張する。

しかしながら、そもそも本件認定基準自体が、医療水準、流入対策や医師の需給状況等を踏まえて策定されていることを被告ら自身認めており、検討委員会の本件中間報告でもそのような点が考慮されている。

このように、医療レベルや流入対策や医師の需給状況等については、本件認定基準を作成する段階で既に考慮されているのであるから、これと同じ内容を別の要件該当性の判断に当たって裁量として考慮できるとするならば、本件認定基準の意味は失われ、本件試験受験資格の認定は、結果的には被告厚生大臣の全くの恣意にゆだねられてしまうことになり、極めて不当である。

したがって、被告厚生大臣は、本試験受験資格を認めるか否かの判断は専ら本件認定基準の該当性の有無で判断し、それ以外に本試験受験資格を認めることが「適当」といえるかどうかについての裁量権を有するものではないというべきである。

(二) また、被告らは、諸外国の医師の受入れ状況等を主張するが、日本において、どのような要件で外国の医師を受け入れるかは、法律の規定によって解釈すべきものであり、他国の受入れ状況は考慮の対象とすべきではない。法には、他国の受入れ状況を考慮すべきであるという規定はなく、本件認定基準においても、そのような要素は考慮されていない。WHOに原則報告されていれば、受入れ状況については問うていないのである。

なお、中国においては、外国医師が申請や招聘によって、一年以内(再申請可能)は登録するだけで無試験で医業を行うことができることになっているし、アメリカは外国人を受験について差別しなくなっており、TOEFL(TEST OF ENGLISH AS A FOREIGN LANGUAGE)も日本語一級試験と同じレベルのものにすぎない。またイギリス、フランスもEU諸国及び協定国の間で相互認知を行っている場合、無試験で資格を与えている。被告らの主張は、極めて不正確である上、医師資格と受験資格とを混同したものである。

(被告らの主張)

1 本試験受験資格認定に当たっての被告厚生大臣の裁量の範囲

外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者についての本試験受験資格は、「厚生大臣が前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、且つ、適当と認定したもの」でなければ、これを付与されない(法一一条三号)のであり、被告厚生大臣は、当該申請者が「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し」ているか否かの認定に当たり広範な裁量を有しているのみならず、たとえ当該申請者が右学力及び技能を有すると認めた場合であっても、当該申請者に本試験受験資格を認めることが「適当」といえるかどうかを認定するに当たっては、諸般の事情を考慮して広範な裁量に基づきこれを認定することができるのである。

(一) 法は、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者が、学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者等と同等以上の学力及び技能を有しているか否かの認定を被告厚生大臣にゆだねているところ(一一条三号)、争点1(被告らの主張)で述べたとおり、医師国家試験の受験資格をどのように認定するかの判断は、我が国において国民に提供される医療水準を決定づけ、国民の生命及び健康に直接重大な関係を有するものであるから、右判断をゆだねられた被告厚生大臣には、国民医療を低下させることにつながらないよう極めて慎重かつ適正な判断が求められるものであり、法一一条三号の規定が、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者の受験資格の認定を被告厚生大臣にゆだねたのは、右のような専門技術的な判断を要する事項について被告厚生大臣の適切な裁量権の行使を期待する趣旨であると解され、被告厚生大臣は、当該申請者の学力及び技能の認定に当たり広範な裁量を有しているのである。

さらに、法は、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者について、被告厚生大臣が「適当と認定したもの」でなければ予備試験の受験資格を付与することができず(一二条)、また、被告厚生大臣において学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していると認定した者であっても、「厚生大臣が適当と認定したもの」でなければ、本試験の受験資格を付与することはできないものとしている(一一条三号)。

これは、医師国家試験の受験資格の認定次第では、我が国において医師の過剰状態から国民に対し提供される医療水準の低下を招いたり、就労を目的とする外国人医師の流入を抑制し得ない状態を生じたりするため、国民に対し提供される医療水準を維持し、かつ適切な医師及び医療施設の数を維持するとの政策的な判断を被告厚生大臣の専門技術的な判断にゆだねる趣旨に基づくものであって、その基準要件が「適当と認定したもの」という不確定概念をもって提示されていることに照らしても、法は、本試験受験資格の認定について、被告厚生大臣に広範な裁量権の行使を認めているものと解されるのである。

このように、法が本試験の受験資格の認定について被告厚生大臣に広範な裁量権の行使を認めていることは、法の沿革に照らしても裏付けられるものである。

(二) さらに、およそある国家において、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を取得した者を当該国の医師としてどのような要件の下にどの程度受け入れるかは、当該国家の広範な裁量にゆだねられている実情にある。

すなわち、先進国における外国人医師の受入れ体制は、当該国における国民の健康及び安全を確保するため、さらには医師の需給状況等にかんがみ、厳しい制約がもうけられている。本件中間報告に掲げられた国家を例にとっても、西ドイツ(当時)においてはEC(当時、以下同じ)諸国以外の国家からの医師の流入を認めていないし、イギリスにおいてもEC諸国及び認定外国医学校卒業者以外の医師の流入を認めておらず、フランスもEC諸国及び協定国以外の国家からの医師の流入を認めていない。アメリカにおいても、ビザの発給抑制などにより外国人医師の流入を制限しており、加えて、アメリカの試験のレベルは医学生が通常二年と三年に受験する医師国家試験及び一般大学留学生を対象としたTOEFL五五〇点とそれぞれ同等であって、いずれも卒後教育において診療上必要とされる医学的専門知識と英語力が要求されることから、その合格率も日本の予備試験と同等ないしそれ以下となっており、日本人であっても同時にすべてに合格する確率は四パーセントにすぎず、極めて低率となっている。

また、アジア諸国における外国人医師の受入れについては、先進諸国にも増して厳しく制限されているところである。原告の母国である中国においては外国人医師の流入を原則として許可しておらず、招へい医師であれば各施設の事情により滞在期間中診療行為が可能とされるにとどまっている。韓国においては大統領令が定める外国免許を有する者に限って受験資格が与えられており、フィリピンにおいても原則として外国人医師の受入れをしていない。

こうした状況の中、我が国においては、法一一条三号の要件を具備する者には本試験受験資格を認めており、それが認定されない者であっても、同法一二条の予備試験に合格し同法一一条二号の要件を満たせば本試験受験資格が認められ、これに合格すれば我が国における医師免許を与えられることとされており、このような我が国の外国人医師の受入れ体制は、他国、とりわけ、原告の母国である中国と比較しても例外的といってよいほど開放的であると評価されるべきものである。

(三) 右のとおり、被告厚生大臣は、医師国家試験受験資格の認定に当たり、法一一条三号及び一二条の規定により広範な裁量が認められているのである。

2 本件却下処分が被告厚生大臣の裁量を逸脱する処分とはいえないことについて

被告厚生大臣が医師国家試験受験資格の認定について広範な裁量権を有していることは右1に述べたとおりであり、<1>医療水準には世界的格差があり、中国において医療活動を行い得る者が、当然に我が国の本試験の受験資格を具備している者とは認められないこと、<2>争点1(被告らの主張)で詳しく述べたとおり、中国には、中国において医療活動を行い得る者の個人的学力及び技能を国家的に担保する制度が存在するとはいえないこと、<3>原告が卒業した上海第二医科大学の医学教育をみても、医学の基礎科目及び専門科目の授業時間数の合計は三八二二時間にすぎず、本件認定基準四項の四五〇〇時間を大幅に下回っていること(なお、たとえ原告が独自に履修した科目の時間数がこれを上回るとしても、同大学における最低限の時間数が右記程度のものであり、そのようなカリキュラム体制にある大学を原告が卒業したという事実には変わりがない。)、<4>予備試験の趣旨は我が国の医学部における教育水準と同程度の学力等の水準を担保しようとするところにあり、その出題範囲及び水準は我が国の医学部の教育水準を出るものではないにもかかわらず、原告は平成四年度ないし平成六年度の予備試験に三回連続して落第していること、<5>本試験と予備試験は出題の目的及び範囲を異にしているところ、右のように予備試験の落第にもかかわらず原告に本試験受験資格を認めることとすれば、原告につき、予備試験により判定されるべき医学に係る学力及び予備試験合格後の一年以上の実地修練(法一一条二号)により判定されるべき技能についての裏付けを欠いたまま本試験を受験させることとなり、国民に対する安全な医療行為の提供を確保するという医師国家試験受験資格認定の最低限の要請が確保できず、公益に重大な障害を及ぼす可能性が存すること、<6>原告の母国である中国においては、中国国籍以外の医師については原則として医師の受入れを許可していない実情にあること等の諸点を考え併せれば、原告の本件申請に対してこれを却下した本件却下処分が、被告厚生大臣にゆだねられた前記裁量の範囲を逸脱し又はこれを濫用したとまでいえないことは明らかである。

3 結論

よって、仮に原告が本件認定基準九項及び一〇項に該当するとしても、本件却下処分は、被告厚生大臣に与えられた裁量の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとはいえないから、適法である(行政事件訴訟法三〇条)。

三  仮に本件却下処分が違法である場合、被告国は原告に対し損害賠償責任を負うか否かについて(争点3)

(原告の主張)

1 原告は本試験受験資格を認められるべきであったにもかかわらず、被告が本件却下処分を行ったことから、原告は、平成四年度から平成八年度まで本試験を受験することができず、精神的苦痛を受けた。

したがって、被告国は、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条に基づき、原告の右精神的損害を賠償する義務があるところ、右精神的苦痛を慰藉するためには五〇〇万円を下回らない額をもってするのが相当である。

2 国賠法六条について

(一) 国賠法六条に定める相互保証の存在及び内容については、被告国に主張・立証責任があると解すべきである。すなわち、そもそも国賠法は憲法一七条を受けて規定されたもので、同条項は公務員の不法行為に対し「何人も」損害賠償をすることを認めており、また憲法前文が国際協調主義を採用する旨唱えていることを考慮すれば、国賠法六条は原則的に外国人に対しても賠償請求権を認め、例外的に国又は公共団体において本国法では相互保証のないことを主張・立証した場合に限り、同法の適用が排除されるものと解すべきである。右のように解することは、同法一条が私法である民法七〇九条の特別規定と解されていること、不法行為の被害者の救済が容易になることにかんがみても、合理性を有するというべきである。しかも、消極的事実の立証といっても、ことは外国の法制度の有無に関することであって、一般の社会的事実についての消極的事実よりも立証ははるかに容易であるし、国や公共団体は、その外国に自国の大使や領事がおり、豊富な通訳や調査のための情報網も経済力も有しており、通常、外国人が親戚や知人等に調査を依頼するよりもはるかに容易かつ確実であることからしても、合理性を有するものである。

(二) 中国における法制等について

(1) 本件のように具体的行政行為に起因する国家賠償(行政賠償)については、中国の「行政訴訟法」六七条ないし六九条に基づいて行われるものと考えられる。

被告国が挙げる「中華人民共和国国家賠償法」は、行政上の職権の行使及び刑事手続上の職権の行使によって「人身の自由」と「財産権の侵害」がなされた場合の国家賠償(行政賠償、刑事賠償)について定めたものにすぎないし、また、被告国が挙げる「民法通則法」一二一条も、本件のような具体的行政行為に起因する行政賠償について定めたものではないと思われることから、被告国の主張は理由がないというべきである。

そして、中国の行政訴訟法六七条は、その規定上、精神的損害に対する賠償が除外されておらず、同条の運用の実績は不明である。

なお、行政訴訟法六七条は一般法たる民法一二〇条の特則であると考えられるところ、右民法一二〇条一項は「公民の氏名権、肖像権、名誉権及び栄誉権が侵害された場合は、公民は、侵害の停止、名誉の回復、影響の除去及び謝罪を要求する権利を有し、かつ、損害賠償を要求することができる。」と規定し、人格権が侵害された場合に損害賠償を認めている。これは、精神的苦痛に対する慰藉料が認められていることにほかならない。

(2) 人身の自由の侵害に対する賠償に関する中国の国家賠償法二六条、二七条一項によれば、必ずしも当該被害者が得ていた現実の収入を算定基礎にするのではなく、前年度の公務員や労働者の平均賃金を基礎にしているし、身体障害の場合には一定の範囲内において賠償額が裁量的に決定され得ると解されるし、さらに、死亡の場合には右現実の収入の二〇倍という定額の賠償額が規定されている。これらによれば、人身の自由の侵害をとってみても、常に現実の財産的損害だけを賠償するという考えには立っておらず、実質的には慰藉料的要素も考慮して賠償額が決定され得ると考えられる。

一方、わが国の民法においても、いわゆる財産的損害と精神的損害は明確に分けられておらず、これらを形式的に二分する解釈は過去のものとなっており、現在では、慰藉料は、硬直になりがちな法的解釈に具体的妥当性を持たせる重要な役割を果たしていると評価されている。

本件において、原告が慰藉料を請求しているのは、原告が本試験を受験することができなかったことによる精神的苦痛もさることながら、あくまで右試験の受験資格の問題であり、右試験を受験すれば必ず合格するとまではいえないことから、経済的損害としては賠償額の算定が困難であったことにもよるのである。

(3) 以上によれば、損害賠償のうち慰藉料についてのみ相互の保証がないと断定するのは相当でなく、中国法において「具体的行政行為による損害賠償」について定められていることをもって、相互の保証があると解すべきである。

(被告の主張)

1 原告主張1の事実は争う。

2 国賠法六条について

(一) 憲法一七条は国及び公共団体の賠償責任の具体的内容を「法律の定めるところに」委任しており、同条を受けた国賠法六条は、外国人が被害者である場合には、「相互の保証があるときに限り」同法を適用すると定めており(六条)、いわゆる相互保証主義を採ることを定めている。

同条は、外国人に対して相互保証の存することを条件として国賠法上の請求権を与えたもの、すなわち同条は外国人にとって同法上の権利根拠規定と解するのが相当であるから、右相互保証が存することについては、原告において主張・立証すべきである。

これに対し、原告は、右の点に関する主張・立証責任は被告国にある旨主張するが、そうすると、被告国は、限られた情報入手源を頼りに、[原告の母国において相互保証が存在しないこと」といういわゆる消極的事実について立証責任を負う結果となるのであり、妥当でないことは明らかである。

(二) 中国においては、以下に述べるとおり、国家機関又は国家機関の職員の違法行為による精神的苦痛に係る慰藉料請求は認められておらず、本件損害賠償請求につき相互の保証があるとはいえないから、被告国に対する右損害賠償請求が理由がないことは明らかである。

(1) 一九九五年(平成七年)一月一日に施行された「中華人民共和国国家賠償法」二条一項には、「国家機関及びその公務員が違法に職権を行使することによって公民、法人及びその他の組織の法律上の権利利益を侵害して損害を生じさせた場合には、被害者は、この法律の定めるところにより、国家賠償を受ける権利を有する。」と規定されているものの、同法の第四章(賠償方式及び計算基準)に精神的苦痛に対する慰藉料の範囲及び算定基準を定める規定は存在せず、同法は、精神的損害を一般に賠償の対象としていないものと解されている。

また、一九九〇年(平成二年)一〇月一日に施行された「行政訴訟法」六七条には、「公民及び法人又はその他の組織の適法な権利及び利益が行政機関又は行政機関職員の具体的な行政行為により侵害を受け、損害を生じた場合には、賠償請求をする権利を有する。」と規定されているものの、同様に、精神的損害を一般に賠償の対象としていないものと解されている。

さらに、一九八七年(昭和六二年)一月一日に施行された「民法通則法」一二一条には、「国家機関又は国家機関の職員が、職務執行中に、公民及び法人の合法的な権益を侵害して、損害を招いた場合は、それらの者は、責任を負わなければならない。」と規定されているものの、同様に、精神的損害を一般に賠償の対象とするものではなく、そもそも右規定中の「それらの者」が国家機関を意味するのか当該公務員を意味するのかも明確ではない。

(2) 原告は、中国において本件のような場合に適用されるのは中国行政訴訟法六七条であるところ、同条に基づいて精神的損害に対する賠償を請求することができないとされている意味が、一切の精神的損害ないし慰藉料が認められていないということなのか、それとも財産的損害と明確に分離した形で慰藉料請求が認められていないということなのかは明らかでない旨主張する。

しかしながら、前記(一)で述べたとおり、相互保証についての立証責任が原告に存する以上、右の点が明らかでないということは、とりもなおさず本件損害賠償請求に係る相互保証があるとは認められないことを意味するものである。また、原告が中国行政訴訟法六七条において事実上精神的損害も加味して定められているのではないかと推測する根拠である中国国家賠償法二六条及び二七条の解釈は、後記(3)のとおり失当であるから、原告の右主張は失当である。

(3) 原告は、中国国家賠償法二六条及び二七条が定額賠償を規定しているのは、実質的には慰藉料的要素を考慮して賠償額を決定しているのではないかと推測される旨主張する。

しかしながら、中国国家賠償法二六条及び二七条が定額賠償を規定している理由は、原告の推測するような事情によるものではなく、国家財政上の困難のほかに、国家賠償責任が民法の不法行為責任として理解されていないところにある。すなわち、権利侵害の主体は常に国家であって、同一の主体による同じまたは類似の権利侵害に対して、同じ基準で賠償金を支払うべきであるという理屈である。

したがって、原告の右主張は失当である。

第四当裁判所の判断

一  被告厚生大臣に対する本件却下処分の取消請求について

1  原告が法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものといえるか否かについて(争点1)

(一) 法は、医師が、医療及び保健指導を掌ることにより、国民の健康衛生に密接に関係することにかんがみ、医師でないものの医業を禁止する(法一七条)とともに、医師の水準を確保するため、医師になろうとする者は、本試験に合格し、厚生大臣の免許を受けなければならない(法二条)と定めている。そして、厚生大臣は、臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として具有すべき知識及び技能について本試験を行う(法九条)ものとし、法一一条は、本試験の受験資格について定めており、それによれば、本試験は、(1) 大学において、医学の正規の課程を修めて卒業した者(一号)、(2) 予備試験に合格した者で、合格した後一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経たもの(二号)、(3) 外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者で、厚生大臣が前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、かつ、適当と認定したもの(三号)でなければ、受験することができないとしている(なお、予備試験は、外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者のうち、法一一条三号に該当しない者であって、厚生大臣が適当と認定したものでなければ、受験することができない(法一二条)。)。

右のとおり、法は、大学において、医学の正規の課程を修めて卒業した者(一一条一号)、予備試験に合格した者で、合格した後一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経たもの(同条二号)といった、客観的一義的にその資格の有無が判断される者以外の者についても、一定の者について、厚生大臣の認定があることを前提に本試験の受験資格を認めているのであるが、本試験の受験資格認定の申請書が、法一一条一号又は二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有するか否か、適当と認定するか否かを判断するための基準について、何ら具体的に定めていないのである。このように、法において、外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者に本試験受験資格を与えるための要件が概括的に定められ、その判断基準が定められていないのは、当該申請者につき、法一一条一号又は二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有するか否か、適当と認定するか否かの判断を被告厚生大臣の合理的な裁量に任せる趣旨に基づくものと解される。すなわち、元来、学力及び技能については、それが高度に専門的な分野に関するものであればあるほど、その認定には困難が伴い、専門的な知識等を必要とするところ、特に、本試験及び予備試験の受験資格はもとより、それらの出題水準及び合格水準を決するに当たっては、前記のとおり、医師及び医業が国民の健康な生活に密接に関連することから、それらの水準を一定以上に確保する必要が極めて高く、その判断は慎重になされる必要がある。また、現在、国内及び世界で行われている医療に関する技能及び知識の水準等は、時々刻々変化し得るものであり、特に近年、急激な勢いで高度化・複雑化している。加えて、諸外国におけるこれらの水準が千差万別であり、これに伴い、当該申請者の受けた医学教育の水準等も様々である。

したがって、医師国家試験受験資格認定の申請者の出身医学校の医療水準や医師養成の教育年限及びカリキュラムの内容、教育環境、当該医学校において履修が義務づけられている医学の系譜、学科目、医師の資格試験制度及び免許制度等は、申請者ごとに多種多様とならざるを得ないのであるが、当該申請者につき、法一一条一号又は二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有するか否かの判断に当たっては、これらの事情を総合的に考慮する必要がある。

このように、右の判断に当たっては、これらの諸事情を適切に把握して総合勘案し、的確な判断をすることが求められるのであって、そのような判断は、事柄の性質上、国内及び国外の情勢について通暁し、医療行政の責任を負う被告厚生大臣の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することができないと考えられるところから、法は、当該申請者につき、法一一条一号又は二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有するか否か、適当と認定するか否かの判断を被告厚生大臣の裁量にゆだねているものと解される。本件において、原告が法一一条一号又は二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有するものとはいえないとした被告厚生大臣の認定が適法であるか否かについて争いがあるので、右に述べた見地に立って、以下判断する。

(二) <証拠略>によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 我が国の医療水準の高度化、社会の高齢化が急速に進んできたことや、医学・歯科医学の進歩ともあいまって、医師及び歯科医師に要求される知識、技術は変化を来たしており、また、国際交流の促進に伴い、我が国において医療に関する諸活動を行うことを希望する外国人等が増加してきたことから、これらの事情に対応して、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者についての医師国家試験受験資格の認定においても、審査手続を改善する必要性が生じてきた。

このため、昭和六三年四月、厚生省医療関係者審議会医師部会及び歯科医師部会の合同専門委員会として、「外国医・歯学校卒業者等受験資格認定制度検討委員会」が設置された。右検討委員会では、諸外国における外国医・歯学校卒業者の受入れ事情や医療事情、現行の認定における問題点、医師・歯科医師需給の将来見込等を踏まえて、今後の外国医学校卒業者等受験資格認定のあり方等について検討を行ってきた。右委員会の委員構成は、医療関係者審議会医師部会委員二名、医療関係者審議会歯科医師部会委員一名、医師国家試験委員一名、外国人臨床修練審査委員会委員二名、歯科医師国家試験予備試験委員一名であった。右検討委員会は、六回に及ぶ審議を経て、医療関係者審議会医師部会長及び歯科医師部会長に対し、学力・技能が同等以上であるか否かを判定する資料についてのより精度の高い資料の収集及び的確な対応策、日本語の語学力及び日本語による診療能力の判定に対する対応策等について、平成二年六月二九日付けで本件中間報皆を行い、了承された。

本件中間報告において、当時行われていた受験資格の認定制度について、後記(2)のとおり問題点が指摘され、外国の医・歯学校を卒業し、又は外国で医師・歯科医師免許を得た者で、わが国の大学において、医学・歯科医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有しているか否かを判定するに当たっては、教育年限、養成カリキュラム、教育環境、当該国の国家試験・免許制度、政府機関による医学教育の評価、日本語能力等について審査し、これらの事項についてより精度の高い資料を収集できる体制の整備に留意しながら的確に対応する必要があるとの認識が示された。具体的には、後記(3)記載のとおり、外国医・歯学校卒業者等受験資格認定審査基準(案)が示された。

(2) 当時の認定制度における問題点

当時の認定制度は、我が国の大学において、医学・歯科医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の知識、技能を有しているか否かについて、書類審査を行っていたが、基本となる我が国の医療水準の高度化、社会の高齢化が急速に進んだことや、医学・歯科医学の進歩ともあいまって、医師・歯科医師に要求される知識・技能が変化してきていることに対応する必要が生じてきた。また、海外で医業・歯科医業の知識・技能を修得した日本人、日本人の配偶者、子弟、又は永住権を有する外国人等においては、海外で教育を受けたため、我が国で医療を行うのに十分な日本語の語学力や日本語による診療能力を有していない者もおり、これらの者に対する対応が必要であった。

他方、我が国の医師・歯科医師需給に関しては、医師・歯科医師の過剰が予測され、国内医・歯学校入学者の定員(募集定員)削減が行われていた。同様な状況にあるアメリカ合衆国及びEC(当時)諸国においても、就労を目的とする外国人医師・歯科医師の流入抑制を過剰対策の柱として進めていた。また、医師・歯科医師流出国においては頭脳流出となり当該国の医療水準の確保、向上の支障となっていた。これらの状況を踏まえて、外国医・歯学校卒業者の流入希望者に対して厳正に対応する必要があった。

(3) 外国医・歯学校卒業者等の医師国家試験等の受験資格の認定に当たり、本件中間報告において示された、法一一条三号にいう「知識及び技能が同等以上であるか」を判定する資料の審査基準(案)は以下のとおりである。

ア 教育年限

医・歯学校の専門教育年限、医・歯学校入学までの教育年限(我が国の医・歯学校における教養課程二年、専門課程四年及び大学入学資格を得るのに必要な教育年限と同等以上であること。)

イ 医・歯学校の養成カリキュラム

医・歯学校において養成カリキュラムにおける一貫した医学・歯科医学の専門教育と所定の科目、時間数等(我が国の専門課程における転入、編入が一般的でないことや医学・歯科医学(基礎・臨床)の時間数配分についても留意する。)

ウ 教育環境

医・歯学校における教育、学校施設、病院等の状況(我が国の大学設置基準等との比較についても留意する。)

エ 当該国の国家試験・免許制度

国家試験、免許制度の有無(資格所持者の医学・歯科医学的知識・技能が、国家試験、免許制度により確保されていること。)

オ 政府機関による医学教育の評価

医・歯学校の医学・歯科医学教育に対する政府機関の評価(日本政府、国際機関等へ報告されていること。)

カ 日本語能力等

我が国で医療を行うのに必要な日本語の知識・技能を有していること。当面、日本の中学・高等学校を卒業していない者には「日本語能力試験(一級)」の成績を判定審査の資料とする。また、医師・歯科医師国家試験受験資格の認定に当たっては、厚生省が行う「日本語による診療能力調査」の成績を判定評価と併せて資料とする。

(4) 本件認定基準

被告厚生大臣は、本件中間報告に基づき、外国医・歯学校卒業者等の医師国家試験等の受験資格を認定するための基準として、別紙1のとおり、「外国医(歯)学校卒業者等受験資格認定審査基準」(本件認定基準)を策定した。被告厚生大臣は、平成三年度以降の医師国家試験に当たり、受験資格の認定申請者に対し、別紙2記載のとおりの必要資料の提出を求め、右認定基準に基づいて認定業務を行ってきた。

(5) 中華人民共和国における医師免許制度の有無等について

ア 免許登録制度の有無

本件却下処分時まで一〇年間においても現在においても、中国において、公的機関による医師の登録免許制度はなく、他に、国家による一元化した医師の登録制度はない。

現在、中国の医師は各地の衛生部行政部門(各医療機関の人事部門を指す。)において登録されている。

イ 衛生部統一試験(高等医学院校医学専攻統一試験)について

中国においては、医学試験制度を徐々に作り上げるために、方法を模索し、経験を集めた結果、中華人民共和国衛生部は、一九八二年(昭和五七年)から一九八八年(昭和六三年)までの間、一部の医科大学医学部において、卒業予定者に対し、専門的な統一試験を実施したことがある。

当初は、衛生部が管轄する大学の卒業生は必ず受験するように規定していたが、その後次第に各大学の判断で参加するようになった。主に医科大学医学部(本科)の卒業予定者を対象に、年一回実施してきた。別紙3記載のとおり、これまでに合計四万四五五四名の卒業生が統一試験を受験してきた。

中国においては一三三の高等医科大学が存在するものの、右試験に参加する学校数及び受験者数は年により変動があり、これに参加した学校数が最も多かった一九八四年(昭和五九年)においても四六校にとどまっている。また、受験者数についてみると、最も多かった一九八三年(昭和五八年)においても、一万三五九六人が受験しているにすぎない。

原告は、右試験を一九八五年(昭和六〇年)又は一九八六年(昭和六一年)に受験した旨主張しているところ、一九八五年(昭和六〇年)における参加校数は一四校、受験者数は二八八五人、一九八六年(昭和六一年)における参加校数は二三校、受験者数は五一六七人にすぎない。

右試験の問題は衛生部試験センターが作成・出題し、標準的な択一式による筆記試験を採用した。試験内容は内科、外科、産婦人科、小児科及び予防医学を中心に、基礎医学と中国の伝統医学(漢方医学)の知識とも適宜関連づけた。併せて、全国統一試験問題、統一採点基準を採用した。

学生の合否の評価は、統一試験に参加した学校が、学生の通常の校内試験の成績や臨床卒業実習時の実際の技能に基づいて、統一試験の成績を参考に総合的に判定しており、右試験自体についての合否という考え方はなかった。右の総合的判定により合格とされた者には、学校が卒業証書を授与し、同時に学位証書を授与していた。

ウ その他の統一試験の有無等について

本件却下処分時までの一〇年間においても現在においても、中国において、医科大学及び医学院(以下「医科大学等」という。)の学生を対象とする統一試験は行われていない。

(三) 以上を基に、まず、本件認定基準の合理性について検討する。

(1) 法は、前記第二の一記載のとおり、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者に対して、直ちに本試験受験資格を付与することなく、被告厚生大臣が適当と認定した者に対して予備試験受験資格を付与し(一二条)、同試験に合格後一年以上診療及び公衆衛生に関する実地修練を経て初めて本試験受験資格を付与することとしており(一一条二号)、法一一条三号に該当すると認定されたものについては、右予備試験の合格及び実地修練を経なくとも本試験の受験資格を認定するものとしている。すなわち、予備試験は、同条一号からも明らかなとおり、当該受験者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等の学力及び技能を有すると認められるか否かについて、試験という認定者の恣意の入り込む余地のない客観的な制度によって判定しようとするものである。これに対し、同条三号は、被告厚生大臣の認定により、予備試験の合格という客観的な学力判定及び一年以上の実地修練を免除して、直ちに本試験受験資格を付与するというものであるから、その要件の認定に当たっては、予備試験及び右実地修練を免除するに足りるだけの学力及び技能が認められることを要するものであり、その認定に当たっていやしくも認定者の恣意的な判断が介在するようなことがあってはならないというべきである。

(2) 我が国において医師になろうとする者は、本試験に合格し、被告厚生大臣の免許を受けなければならず(法二条)、本試験は、臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として、具有すべき知識及び技能についてこれを行うこととされているところ(法九条)、我が国の学校教育法に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者(法一一条一号)は、医学及び公衆衛生に関する学力及び技能について一定水準の資質を有することが我が国の制度上担保される仕組みとされている(その詳細は争点1(被告らの主張)3(二)(1)で述べられているとおりである。)。

ところが、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者の場合は、右の前提条件を欠いている。すなわち、当該医学校の設備、授業内容等、また医師免許の取得要件等については、各国の実情に応じ、当該医学校の自主性にゆだねられているか、又はそれぞれの国において種々の異なった定めがなされているところであり、必ずしも日本の大学の水準を満たしているとはいえない。したがって、当該申請者が、単に外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得たというのみでは、これらの者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることが制度上担保されているといえないことは明らかである。

そこで、法は、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者について、適当と認めた者に限り予備試験を課し(一二条)、これに合格した者が合格した後一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経た場合に、初めて本試験受験資格を付与することとし(一一条二号)、右予備試験に合格した後一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経て初めて当該受験者に本試験受験資格を付与するものとすることにより、当該受験者が、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることを制度上担保することとしているのである。

(3) 右のように、法は、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者について、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることを制度上担保するために、その者が本試験の受験資格を得るためには、通常の場合、予備試験に合格し、その後一年間の実地修練を経ることを要するものとしているところ、その趣旨に照らせば、外国の医学校を卒業し又は外国で医師免許を得た者であって、試験以外の信頼し得る制度により、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を具有することが担保されていると認めることができる場合においては、右の予備試験及び一年間の実地修練を本試験受験資格認定の要件とする必要はないわけであり、かかる観点から、法一一条三号は、当該申請書が「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、且つ、適当と認定したもの」に該当するときは、予備試験及び一年間の実地修練を省略し、本試験受験資格を付与することとしたものと解される。

なお、同号には「前二号」とあるが、法一一条二号に定める受験資格は、当該申請者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることを制度上担保した上での受験資格であることから、結局のところ同条一号と同等の学力及び技能をいうに帰するものである。

(4) 本件認定基準の合理性について

ア 本件認定基準は、別紙1のとおりであり、その九項では「医(歯)学校卒業当該国の医師(歯科医師)免許を取得していること」とあり、その一〇項に「当該国の免許を取得する場合の国家試験制度」について「制度が確立されていること」と定められている。これは、同基準の一項ないし五項、七項及び八項が、当該申請者の卒業大学に係る要件であるのに対し、九項及び一〇項の要件は、いずれも、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものとして定められた要件であると解される。

そして、我が国の大学において医学の正規の課税を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を具有することを担保できる試験以外の信頼し得る制度として、国家レベルの客観的な制度を基準として選択することは、それなりの合理性を有するものといえる。

イ このように、本件認定基準一項ないし五項、七項及び八項に加え、九項及び一〇項の要件が設けられたのは、当該医学校に係る審査要件(一項ないし八項の要件)だけでは、世界各国に無数に存在する医学校における教育水準等を、被告厚生大臣において適切に把握し、限られた時間の中で当該申請者における学力及び技能を審査の材料とすることが到底不可能であることから、そのような審査に代わるものとして、当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて担保する制度があるかどうかを審査し、それがあれば、右申請者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していると認めることとするという趣旨に出たものと解するのが相当である。

さらに、右認定基準一〇項に「当該国の免許を取得する場合の国家試験制度」について「制度が確立されていること」とあるのは、当該申請者の卒業した医学校の成績のみで当該申請者の学力及び技能を適切に判定することが極めて困難であることから、当該国の免許を取得する場合の国家試験又はそれに代わり得る国家的な制度に合格している場合には、我が国において予備試験に合格しなくとも本試験受験資格を付与することとするという趣旨のものであることが認められる。

そして、右認定基準の下では、当該申請者は、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者が大学における六年間の医学及び臨床の学習の成果を確認する観点から本試験を受験するのと同様、当該国の制度的な担保に裏付けられた医学及び臨床の学習の成果を確認する観点から、本試験の受験資格を付与されることとなるのである。

ウ 本件認定基準九項及び一〇項が、法一一条三号の受験資格は、当該申請者が我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を有していることが、当該国の国家レベルの制度的担保(後述するとおり、現状において、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものとしては、医師免許の取得及び当該医師免許を取得する場合の国家試験の合格という以外に有効なものは見出せないというのが実情である。)によって確保されている場合に限って認められるものとしていることは一応の合理性を有するというべきである。のみならず、右認定基準九項及び一〇項は、前記(二)(3)エ記載のとおり、本件中間報告に「資格所持者の医学・歯科医学的知識・技能が、国家試験・免許制度により確保されていること」とあるのを受けた要件を定めるものであると認められるのであって、被告厚生大臣が、医師国家試験の受験資格を認定するために、前記のような内容の本件認定基準を策定したことが、同被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはできない。

(四) 次に、原告が本件認定基準を満たしているか否かについて検討する。

(1) 前記(三)(1)ないし(3)で述べた法一一条三号の趣旨及びこれを受けて定められた本件認定基準九項及び一〇項の趣旨(前記(三)(4)記載のとおり)からして、本件認定基準九項にいう医師免許制度とは、予備試験及び一年間の実地修練という客観的に受験者の学力及び技能を判定し得る制度的担保を省略するに足りる客観的なものでなければならず、同様に、同基準一〇項にいう国家試験制度とは、予備試験という客観的に受験者の能力を判定し得る制度を免除するに足りる客観的なものでなければならず、当該年度における当該国全体にわたる受験者から当該国において要求される学力及び技能を満たす者を客観的に選別し得るに足りるような判定制度であることを要すると解するのが相当である。

(2) しかして、前記(二)(5)ア記載のとおり、本件却下処分時までの一〇年間においても現在においても、中国において、公的機関による医師の登録免許制度はなく、他に、国家による一元化した医師の登録制度はないのであるから、原告は、本件認定基準九項の要件を満たさないものである。

また、前記(二)(5)イ記載のとおり、中国においては、一九八二年(昭和五七年)から一九八八年(昭和六三年)までの間、衛生部統一試験(高等医学院校医学専攻統一試験)が行われていたが、右試験については、当初は、衛生部が管轄する大学の卒業生は必ず受験するように規定していたが、その後次第に各大学がそれぞれの判断で参加するようになったこと、参加校数をみても受験者数をみても、中国において存在する高等医科大学のうち、一握りの学生しか受験しておらず、中国全国の各医科大学等の学生が幅広く参加するものではなく、国家規模の試験とは到底いえないこと、右試験は学生の卒業の可否を決める重要な資料とはなるものの、右試験自体の合否という考え方は存在しなかったことなどからして、当該年度における当該国全体にわたる受験者から当該国において要求される学力及び技能を満たす者を客観的に選別し得るに足りるような判定制度であるとは、到底いい得ないものである。そして、前記(二)(5)ウ記載のとおり、中国においては、本件却下処分時までの一〇年間においても現在においても、医科大学等の学生を対象とする統一試験は行われていないのであるから、原告は、本件認定基準九項の要件を満たさないものである。

(3) 原告は、<1>中国においては、「当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて担保する制度」として卒業試験、高等医学院校医学専業統一試験、医学士学位が確立しており、かつ、原告は右のいずれの試験にも合格し、医学士学位を取得していること、<2>中国においては、これらの制度をすべて国家が掌握・管理し、大学を含む関係機関がその合格を公証することができ、現に原告はその証明を受けていること、<3>中国においては、国家が医師の国家機関への任用、個人開業医師の免許の与奪を全面的に行っており、医師に対する十分な規制・監督を行っていることから、中国の制度は、被告らが本件認定基準九項、一〇項を設けた趣旨を満たしており、かつ、原告はこれらの要件を実質的に充足している旨主張する。

しかしながら、中華人民共和国における医師免許制度の有無等については、前記(二)(5)で認定したとおりであり、また、本件却下処分時までの一〇年間においても現在においても、中国において、公的機関による医師の登録免許制度はなく、他に、国家による一元化した医師の登録制度はないこと、本件却下処分時までの一〇年間においても現在においても、中国において、医科大学等の学生を対象とする統一試験は行われていないことは、右(2)に説示したとおりであって、原告主張の卒業試験、高等医学院校医学専業統一試験、医学士学位等が存在することをもって、我が国の大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能を具有することを担保できる国家レベルの客観的な制度であるということはできない。

なお、原告は、医師の資格である高等医学校の学歴、学位及び学業成績等については、有資格者の「档案」に登録されており、これをもって、国家が医師を一元的に管理しているものである旨主張する。

しかしながら、<証拠略>によれば、「幹部档案」は、「中国共産党の幹部路線・方針及び政策を徹底的に執行するため、賢明者を選びその才能を挙げ、人を知り上手く任用し、社会主義現代化建設服務を進行する」ために作成されるものであることが認められるのであって、そもそも医師資格の管理・登録制度とはその作成目的が異なるのであるから、右制度目的のみからみても、「幹部档案」をもって一元的な医籍の管理・登録制度に当たるというのは疑問であるし、また、医師資格の得喪変更のすべてが直ちに厳密に「幹部档案」に反映される仕組みとされているか否かは不明であり、原告の右主張は採用することができない。

(五)(1) これに対し、原告は、日本の医学校を卒業した者と同等以上の学力及び技能を修得するのは、母国の医学校での医学の勉強によるものであって、母国の医師国家試験に合格したことによるものではないはずである、したがって、右判断に当たって求められるのは、<1>申請者の卒業した医学校が、「日本の学校教育法に基づく大学における医学の正規の課程」に匹敵する人的・物的設備と医学水準を有していること、<2>申請者が右の「日本の学校教育法に基づく大学における医学の正規の課程」を「卒業した者」に匹敵する「学力と技能」を有していることでなければならず、<1>については、日本の文部省の医学部設置基準に照らして判断すべきものであり、また<2>については、その卒業時の成績によって判断すべきであって、かつ、それをもって足りるというべきである、また、「医師となる者の医学上の知識及び技能の内容と水準を制度的に管理する仕組み」が必要であるとしても、それは、<1>当該「外国の医学校」が、「日本の学校教育法に基づく大学における医学の正規の課程」に匹敵する人的・物的設備と医学水準を有していることと、<2>その卒業生について、その成績を公証する制度を有していることで必要十分なはずである旨主張する。

確かに、当該申請者の学力及び技能を客観的に判定するに当たっては、例えば、当該申請者の卒業した大学における成績、医療水準、教育年限、授業時間、教育環境等が一つの目安になることはいうまでもない(本件認定基準一項ないし八項)。

しかしながら、当該申請者の学力及び技能については、医学校における成績が良好であることは当然の前提条件ではあるものの、単にそれのみで把握できるものではなく、むしろ、医学校によってその教育水準等に少なからぬ差異があり、それらが、必ずしも我が国における医学校における教育等の水準を満たしているとは限らないという現実からすれば、当該医学校の水準を客観的に把握しなければ、当該申請者の学力及び技能の水準を客観的に把握することはできないのである。しかるに、世界には無数の医学校が存在するのであり、その無数に存在する医学校における教育水準、教育環境等のデータを、被告厚生大臣において適切に把握し、これらの種々の要素を総合的に勘案して当該医学校のレベルを客観的に比較・評価・判定すること自体、極めて困難であり、右教育水準、教育環境などのデータが各年度において刻々と変化し得ること、本件認定基準において、医学校卒業からの年数は一〇年以内とされている(本件認定基準六項)ところ、当該申請者が当該医学校に在籍した年度も申請者に応じて異なることに照らせば、各国家ごとの統一的・客観的なデータとしての統一的試験の合格という担保なしに、当該医学校における成績及び教育水準のみをもって、当該申請者の学力及び技能を客観的に判定することは著しく困難というべきである。

しかも、法一一条三号の学力及び技能の判定は、本試験の受験資格を認めるかどうかを判断するためになされるものであって、本試験に間に合うよう迅速な処理が必要であるところ、右判定業務を処理すべき人員の確保には限界があり、他方、我が国において医療に関する諸活動を行うことを希望する外国人等が増加しているという現状の下で、世界各国の医学校における教育水準、教育環境等を被告厚生大臣において適切に把握することは、到底不可能である。

そして、現状において、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものとしては、医師免許の取得及び当該医師免許を取得する場合の国家試験の合格という以外に有効なものは見出せないというのが実情であるから、結局のところ、当該申請者の学力及び技能が、日本の大学医学部を卒業した者又は予備試験に合格した上で一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経た者と「同等以上の学力及び技能」を有するか否かの判断に当たっては、当該医学校の教育環境等のほか、当該申請者の個別的な学力及び技能を国家レベルにおいて一応担保するものとして、当該国の医師免許を取得していること(本件認定基準九項)及び当該国の医師免許を取得する場合の国家試験制度が確立されていること(本件認定基準一〇項)によって判定せざるを得ないのである。

したがって、原告の右主張は理由がない。

(2) 原告は、法律の趣旨を具体化した審査基準を設定した場合であったとしても、特に右基準の内容が微妙かつ高度の認定を要するようなものである場合には、右基準を適用する上で必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠提出の機会を与えなければならないと解されるところ、本件認定基準は公表されていないのであって、そのような公表されていない基準を基に、被告厚生大臣が法一一条三号該当性を勝手に判断することは、同被告に与えられた裁量権を逸脱するものである旨主張する。

しかしながら、法一一条三号は、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者で、厚生大臣が前二号に掲げる考と同等以上の学力及び技能を有し、且つ、適当と認定したもの」と規定するのみであって、その具体的な認定の基準を定めていない。そこで、被告厚生大臣は、右の認定を適正かつ公平に行うために行政の内部基準として本件認定基準を設定したものであるところ、右内部基準について、法にはこれを公表すべき旨を定めた規定は存しない。もっとも、法一一条三号に定める本試験受験資格の認定が公正な手続によってなされなければならないことはいうまでもなく、この観点からすれば、その内部基準の内容が微妙かつ高度の認定を要するものであるのみならず、当該申請人個人に存する事情に直接関係のあるものである場合には、右基準の適用上必要とされる事項について、右申請人に対しその主張と証拠の提出の機会を与えなければならない場合があると解されるが、弁論の全趣旨によれば、被告厚生大臣は、本件認定基準一項ないし八項及び一一項の要件の認定については、当該申請者に別紙2記載の必要資料の提出を求め、それらの資料等からこれらを認定することとしており、本件においても、その手続が踏まれていることが認められる。また、右認定基準九項の医師免許制度の存在及び一〇項の要件は、当該申請人の所属する国家の制度に関することであり、これらは当該申請人の主張、証拠の提出をまつまでもなく、他の客観的な資料から明らかにし得る事項である。そうすると、同被告は、右認定基準の適用上必要とされる事項については、原告に対しその証拠の提出の機会を与えているものということができるのであって、被告厚生大臣が本件認定基準を公開しないで、これに従って本件却下処分をしたからといって、その手続が瑕疵あるものとなり、本件却下処分を違法ならしめるということはできない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

(3) 原告は、法一一条三号が、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」と規定し、原告のように外国の医学校を卒業したが、その国で医師免許を取得していない場合でも、本試験の受験資格を認めることがあり得ることを当然に予定しているにもかかわらず、「同等以上の学力及び技能」を有するか否かの判定において、医学校卒業当該国の医師免許を取得していること(本件認定基準九項)、及び当該国の免許を取得する場合の国家試験制度が確立されていること(同一〇項)を要求することは、結局、前記の要件を「外国の医学校を卒業し、かつ外国で医師免許を得た者」と読み替えることにほかならず、法一一条三号の趣旨を没却するものであり、許されざる法律の実質的改変である、本試験の受験資格という受験者の権利義務に関する事項は法律で定められなければならないのであり、被告厚生大臣がこれを内部基準で変更・加重することは許されない旨主張する。

しかしながら、法一一条三号が「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」と規定し、外国の医学校の卒業と医師免許の取得を選択的に取り扱うかのような規定となっているのは、予備試験資格の認定の前提として、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」(法一二条)とあるのと同一の前提条件を提示したにすぎないものと解され、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」でさえあれば本試験受験資格を付与することとする趣旨でないことはいうまでもない。そして、法は、一一条三号において、「外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者」であっても、「厚生大臣が前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、かつ、適当と認定したもの」でなければ本試験受験資格を付与しない扱いにしており、かつ、前記のとおり、現状において、当該申請者の学力及び技能を国家レベルで制度的に担保するものとしては、医師免許の取得及び国家試験の合格という以外に有効なものは見出せないというのが実情である以上、本件認定基準において、本試験受験資格を付与するために当該申請者が外国の医学校を卒業し、外国で医師免許を取得したことを最低限の要件としていることをもって、合理性を欠くものということはできない。

したがって、本件認定基準の設定が、法一一条三号の趣旨を逸脱するものであるとか、あるいは被告厚生大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるとはいえない。

原告の右主張は採用することができない。

(4) 原告は、現在行われている予備試験は、日本語での筆記試験が行われ、不必要なまでに難解なものとなっていて、原告のような外国人がこれに合格することは事実上不可能になっているとし、かかる予備試験の実情に照らしてみても、原告について、法一一条三号の要件に該当しないとすることが不当であることは明らかであるとの趣旨の主張をしている。

しかしながら、予備的試験において試されるのは、受験者が我が国の医学の正規の過程を修めて卒業した者と同等以上の学力及び技能並びに日本語による診療能力を有しているか否かであるところ、右試験の趣旨からすれば、日本語による専門用語の読解力や表現能力の審査は不可欠であって、日本語での筆記試験によることは合理性があり、試験の範囲を臨床医学だけでなく、基礎医学まで含めることも何ら不合理なことではない。そして、<証拠略>によれば、予備試験の出題範囲は、我が国の医学生が六年間で履修する課税の範囲を逸脱するものではないことが認められるのであって、予備試験がいたずらに難解なものとされているとまでいうことはできない。

原告の右主張は採用することができない。

(5) 原告は、被告厚生大臣は、本件認定基準を恣意的、なし崩し的に拡大解釈して、厳密には本件認定基準を完全に満たしていない国の医学校卒業者にも本試験受験資格を認めている旨主張して、イギリス、フランス、アメリカ、ドイツ及び台湾の例を挙げる。

しかしながら、前記(三)で述べたとおり、当該申請者が法一一条一号又は二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有していると認められるためには、当該申請者が医学教育を受けた国において、その学力及び技能が国家的な規模での客観的な制度によって担保されていることが必要であり、またそれで足りるものと解されるのであって、本件認定基準九項及び一〇項の趣旨もその点にあるものであり、必ずしも、右試験が国家機関によって直接運営されている場合に限る趣旨とは解されない。また、本件認定基準九項及び一〇項にいう「免許」とは、いわゆる講学上の「免許」に限定する趣旨ではないものと解するのが相当である。

そして、以下に述べるとおり、原告が主張する各国については、本件認定基準九項及び一〇項の要件を満たしていないとはいえないのであって、被告厚生大臣が本件認定基準を恣意的に運用していると認めることはできない。したがって、原告の右主張は採用することができない。

ア イギリスについて

<証拠略>によれば、イギリスにおいては、医学校の卒業試験に合格し、一年間の臨床研修を修了することが医師となるための条件であると認められるから、医学校の卒業試験が「医師免許取得のための試験」といえることは明らかである。また、これらの試験に合格し、一年間の臨床研修を修了することが、医師の登録簿の管理等を行うGMCの医籍への登録の条件となっており、原告の指摘する免許と同等の意義をもつこととなる。

また、右証拠及び弁論の全趣旨によれば、GMCはイギリス枢密院の直属の支配下にあり、イギリスの医師法に掲げられた医学校が行う試験がすなわち国家試験である。

原告は、医学教育年限及び進学過程の期間について主張するが、弁論の全趣旨によれば、医科大学の教育年限が五年である申請者については、本試験受験資格を認定していないことが認められるのであって、他に、イギリスの医学校を卒業した本試験受験資格認定の申請者について、被告厚生大臣が、本件認定基準を恣意的に運用していることをうかがわせる事情は認められない。

イ フランスについて

<証拠略>によれば、フランスにおいては、県に登録された医籍が中央(保健省・医師会)で一元的に管理されていること、また、フランスで医師免許を取得するには、医科大学を卒業後、専門医又は一般医のコースに分かれ、一定の臨床研修を修了後、公開の論文審査に合格する必要があるのであって、卒前も含め、それぞれの段階で試験が行われ、これらの試験、特に免許取得のための試験については高等教育法で規定されており、その条件及び審査基準は各大学に委任されているほか、審査委員についても規定されていることが認められる。これらの試験及び審査は、高等教育法に根拠を有するものであり、医師国家試験に相当するものと評価することができるものである。さらに、専門医及び一般医の資格取得についても、それぞれ法律上の規定を根拠とするものであり、加えて専門医になるためには南北二つのブロックに分かれ、国が各ブロックで統一した試験を行っていることが認められる。

このように、フランスにおける各試験は高等教育法に根拠を有するものであり、かつ当該試験の質の担保についても国家的な保証があると認められることから、国家試験又はこれに代わり得る制度的な担保を伴う試験と評価されるものである。

他に、フランスの医学校を卒業した本試験受験資格認定の申請者について、被告厚生大臣が、本件認定基準を恣意的に運用していることをうかがわせる事情は認められない。

ウ アメリカ合衆国について

<証拠略>によれば、アメリカ合衆国における免許登録事務及び資格試験については各州ないし米国領土当局の管轄であり、各州の権限はアメリカ合衆国憲法に由来するものであることが認められる。

そうすると、アメリカにおいて行われる資格試験は、当該申請者の学力及び技能を国家規模で客観的、制度的に担保するものということができる。

他に、アメリカ合衆国の医学校を卒業した本試験受験資格認定の申請者について、被告厚生大臣が、本件認定基準を恣意的に運用していることをうかがわせる事情は認められない。

エ ドイツについて

<証拠略>によれば、ドイツにおいて試験の実施と免許登録は州の管轄であるが、その実施要綱は連邦厚生省令で定められていること、医師試験及び免許については医師免許規則に規定されていること、実施に係る管轄は州によって定めることが連邦医師法に明記されていることが認められる。

そうすると、ドイツにおいて行われる資格試験は、当該申請者の学力及び技能を国家規模で客観的、制度的に担保するものということができる。

他に、ドイツの医学校を卒業した本試験受験資格認定の申請者について、被告厚生大臣が、本件認定基準を恣意的に運用していることをうかがわせる事情は認められない。

オ 台湾について

弁論の全趣旨によれば、台湾において行われる資格試験は、当該申請者の学力及び技能を台湾という地域全体の規模で客観的、制度的に担保するに足りるものであること、台湾の医科大学については、一九七〇年まで世界保健機構(WHO)の「世界医学校名簿」に登載されていたこと、その後の政治情勢により登載から外されたこと、被告厚生大臣は、本試験受験資格の認定に当たっては、中国大陸と台湾の地域とでは、現実に異なる制度が実施されており、これを同一とみることは適切でないことから、別個の取扱いをしているにすぎないことが認められる。

他に、台湾の医学校を卒業した本試験受験資格認定の申請者について、被告厚生大臣が、本件認定基準を恣意的に運用していることをうかがわせる事情は認められない。

なお、台湾に存在する医学校を卒業した者に医師国家試験の受験資格を認めるか否かという事柄と、我が国の外交政策として、台湾を独立国として認めるか否かという事柄とは、別個の問題であるから、台湾に存在する医学校を卒業した者に医師国家試験の受験資格を認めたからといって、いわゆる「二つの中国」を認めるものであるとか、日中共同声明等の趣旨に反するものであるなどということはできない。

(五) 小括

以上によれば、本件認定基準の定める要件は一応の合理性を有するものであり、被告厚生大臣に与えられた裁量権の範囲内で定められた適法なものと認められるところ、原告は法一一条三号の「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものとはいえないというべきである。

2  そうすると、被告厚生大臣が、原告につき、法一一条三号にいう「前二号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有」するものと認定しなかったことに違法はないというべきである。

したがって、本件却下処分に違法はなく、被告厚生大臣に対し本件却下処分の取消しを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  被告国に対する損害賠償請求について

被告厚生大臣がした本件却下処分に違法がないことは前示のとおりであり、したがって、右違法があることを前提として被告国に対し損害賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  結論

以上のとおり、原告の被告らに対する本件各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青柳馨 増田稔 篠田賢治)

別紙1 外国医(歯)学校卒業者等受験資格認定審査基準<省略>

別紙2 図家試験受験資格認定必要資料一覧

1 国家試験受験資格認定願

2 国家試験受験資格認定申請理由書

3 履歴書(市販のものを用いること)(学歴については、日本の小学校に相当する学校から医(歯)学校卒業まで、入学・卒業年次を各々の学校について西暦で記入することまた、職歴についてもできるだけ詳細に記入すること)

4 外国人登録済証明書(日本国籍を有する者の場合は戸籍抄本又は戸籍謄本)

5 医師の診断書(日本の医師資格を有する者により、申請前1ヶ月以内に発行された診断書に限る)。

6 写真3枚(申請前6ヶ月以内に脱帽正面で撮影した6×4cmのものを所定の写真台紙に貼付すること)

7 外国で取得した免許証の写し

8 外国における資格試験の合格証書の写し又は合格証明書

9 外国医(歯)学校の卒業証書の写し又は卒業証明書

10 外国医(歯)学校の歴年学業成績書の写し又は歴年学業成績証明書

11 外国医(歯)学校の教科課程及び時間数を明らかにした書類

12 外国医(歯)学校の施設現況書(所定の様式によること)

13 外国で免許を所得した者にあっては免許の根拠法令の関係条文の抜粋

14 日本の病院等で研修をしている者の場合はその証明書

15 卒業した外国(歯)医学校のパンフレット

16 日本の中学校及び高等学校を卒業していない者の場合は、日本語能力試験1級認定書の写し又は当年実施予定試験の受験手続完了を証する書類の提示

※作成上の注意

(1) 提出書類の部数は1部である

(2) 添付書類のうち外国語で記載されているものは、すべて日本語訳を添付すること

(3) 7~12については提出書類と日本語訳両方を、公的な機関(当該国の大使館、領事館、外務省等)において真実である旨の確認を受け、その証明を併せて提出すること

(4)  7~10及び16の書類については各原本を持参すること(各原本は照合後に返還する)

(5) 申請等のため試験免許室に来室する場合は、日時について必ず担当者の約束を取付けること。約束がない場合、対応できないことがあるので注意すること

なお、認定申請は必ず申請者本人が行ない、郵送、代理による申請は受理しない

〒100-45 東京都千代田区霞ヶ関1-2-2

厚生省健康政策局医事課 TEL 03-3503-1711(EX.2577)

試験免許室 認定担当係 FAX 03-3592-0710

別紙3 衛生部統一試験受験者数等について

年度

82

83

84

85

86

87

88

合計

学校数

13

44

46

14

23

20

13

173

受験者数

4,995

13,596

12,146

2,885

5,167

3,794

1,971

44,554

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